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東京タワーは大きくて豪華でキラキラしていた。堂々としていて、やっぱりこの風格はスカイツリーには追い付けないものだろうなと思った。ふもとには、カップルがどっさりいて驚いた。東京中の恋人同士が集合したのかと思えるほどだった。
そんなカップルたちを眺めながら、僕は清香と付き合い始めた二年前のクリスマスを思い出していた。僕は大学でもバスケを続けていた。清香は三年上の先輩マネジャーで、同学年のキャプテンと付き合っていた。お似合いの医学部カップルで部内でも有名だった。入部した時、同期のマネージャーに紹介され、綺麗な人だと思ったのを覚えている。あでやかな笑顔が印象的だった。
二年生の冬のある日、体育館にタオルを忘れて取りに戻った。入口のところで、キャプテンとマネージャーが喧嘩をしているのが聞こえてきたので、中に入るのをためらった。
「なんで急に別れるなんて言うんだよ。」
「急じゃないでしょ。もうだいぶ前から私たちダメになってたじゃない。」
「ダメって何だよ?」
「惰性ってことだよ。一緒にいてもドキドキしないし、会話だってルーティーンみたい。一緒にいればいるほど、ダメになってくんだよ。」
「俺はそうは思わない。」
「こんな状態だったら一緒にいても意味ない、って言ってるの。いい加減わかってよ。」
「清香、お前もしかして好きなやつ出来たんじゃないのか?」
「だったら別れてくれるの?」
「さあな。誰かにもよるよ。」
「何それ。あなたにそんな事言う権利ないと思うけど。」
「ふうん、いやに強気だな。もしかして俺の知ってるやつか?」
「そんなに知りたいんなら言ってあげる。そうよ、ここにあるタオルの持ち主。この人を好きになったの。」
そう言って、マネージャーは床に置き忘れたタオルを拾った。僕は息を飲んだ。うすうす、僕のことをよく見てるなあとは思っていたけど、まさかそんなこととは思いもよらなかった。
「へえ。それあいつのだろう?君島の。」
「あら、あなたよく知ってるじゃない。」
「やっぱりな。お前がしばらく前から、あいつの事を目で追ってることは気づいていたよ。でもまさか、二年坊主に俺が負けるとはな。」
「勝ち負けじゃないよ。あなただって、もういい加減私以外の子といたいはずだよ。今ならお互い嫌いにならずに別れられる。だからさよならしよう。」
僕はそこまで聞いて、そっと立ち去った。別に結論が聞きたいわけじゃなかったし、礼儀上聞いてはならない気持ちが強かったから。
週明けの練習の最初に、マネージャからタオルを手渡された。柔軟剤の良い香りがした。
「これ、体育館に忘れてたでしょ?一応洗濯しといたから。」
僕はついマネージャーの顔を見つめてしまった。
「何?なんかついてる?」
慌てて携帯で顔をチェックする、その姿が可愛くて微笑んだ。そうしたら、マネージャーも僕の顔をじっと見た。
「君島くんって貴公子みたいに微笑むんだね。」
「貴公子ですか?」
「言われたことない?」
「いや、ないです。」
「ふうん、じゃあ高校生の時のあだ名は?」
「フィロソファー。」
ぷっとマネージャーは笑った。
「哲学者か。君にぴったりだね。でも貴公子も追加しといて。それもぴったりだから。」
そう言って軽く背中を叩かれた。
その日から、先輩たちのファウルが激しくなった。毎日傷が絶えなくなった。巧妙にぶつかられ、踏まれ、倒された。高校の時も似たような事があったけど、あの時は高岡がかばってくれた。今はいない。僕は自分で何とかするしかない。その日も足をひっかけられて転んで、くじいてしまった。マネージャーが泣きそうになりながらアイシングを当ててくれた。目が充血していて、本当に泣きそうだった。
「ごめんね、ごめんね。」
「先輩が謝ることじゃないですよ。僕がボーッとしてるのが悪いんです。」
「違うよ。これは悪意。しかも君に関係ないところでのね。もう我慢できない。」
そう言うと、マネージャーは立ち上がってプレーが続けられているコートにずかずか入っていった。キャプテンの合図でプレーが止まった。
「何だよ、どうした?」
キャプテンが驚いてマネージャーに聞いた。マネージャーは仁王立ちになって言い放った。
「いい加減にしなさいよ。腹が立つなら、私を相手にして。あんたたち全員、君島には手をださないで。」
体育館が静寂に包まれた。同学年のやつらは皆僕の方を驚いて見ている。コート内の先輩たちはばつが悪そうに下を向いている。キャプテンは顔が真っ赤だ。
「言いがかりをつけんじゃねえ。」
「言いがかり?そんなの嘘だって、ここにいる全員わかってるわよ。スポーツマンならね。正々堂々と勝負しなさいよ。情けない。」
そう言い捨てると、さっさと体育館から出て行ってしまった。僕は走って追いかけたかったけど、足が痛すぎてびっこを引きながら追いかけるという、なんとも無様な状態だった。マネージャーはだいぶ前を歩いていた。背中が怒っていた。
「待って、待ってください。」
何度目かにやっと彼女が振り返った。僕は出来るだけ急いで、でもヒョコヒョコと歩いて追いついた。
「無理しちゃダメじゃない。足くじいたばかりなのに。」
「そう思うんだったら、そばにいて下さい。」
「えっ?」
「あなたと一緒にいたい。」
「それって私のことが好きってこと?」
「はい。」
そうしたら、いきなり唇に温かくて柔らかなものが触れた。瞬間のことで、僕は身動きが出来なかった。彼女は唇を離すと、いたずらっぽく笑って、
「これが私の返事。」
と言った。それがイブのことだった。そうして僕たちは付き合い始めた。
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