1.君島駿

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東京タワーは大きくて豪華でキラキラしていた。堂々としていて、やっぱりこの風格はスカイツリーには追い付けないものだろうなと思った。ふもとには、カップルがどっさりいて驚いた。東京中の恋人同士が集合したのかと思えるほどだった。 そんなカップルたちを眺めながら、僕は清香と付き合い始めた二年前のクリスマスを思い出していた。僕は大学でもバスケを続けていた。清香は三年上の先輩マネジャーで、同学年のキャプテンと付き合っていた。お似合いの医学部カップルで部内でも有名だった。入部した時、同期のマネージャーに紹介され、綺麗な人だと思ったのを覚えている。あでやかな笑顔が印象的だった。 二年生の冬のある日、体育館にタオルを忘れて取りに戻った。入口のところで、キャプテンとマネージャーが喧嘩をしているのが聞こえてきたので、中に入るのをためらった。 「なんで急に別れるなんて言うんだよ。」 「急じゃないでしょ。もうだいぶ前から私たちダメになってたじゃない。」 「ダメって何だよ?」 「惰性ってことだよ。一緒にいてもドキドキしないし、会話だってルーティーンみたい。一緒にいればいるほど、ダメになってくんだよ。」 「俺はそうは思わない。」 「こんな状態だったら一緒にいても意味ない、って言ってるの。いい加減わかってよ。」 「清香、お前もしかして好きなやつ出来たんじゃないのか?」 「だったら別れてくれるの?」 「さあな。誰かにもよるよ。」 「何それ。あなたにそんな事言う権利ないと思うけど。」 「ふうん、いやに強気だな。もしかして俺の知ってるやつか?」 「そんなに知りたいんなら言ってあげる。そうよ、ここにあるタオルの持ち主。この人を好きになったの。」 そう言って、マネージャーは床に置き忘れたタオルを拾った。僕は息を飲んだ。うすうす、僕のことをよく見てるなあとは思っていたけど、まさかそんなこととは思いもよらなかった。 「へえ。それあいつのだろう?君島の。」 「あら、あなたよく知ってるじゃない。」 「やっぱりな。お前がしばらく前から、あいつの事を目で追ってることは気づいていたよ。でもまさか、二年坊主に俺が負けるとはな。」 「勝ち負けじゃないよ。あなただって、もういい加減私以外の子といたいはずだよ。今ならお互い嫌いにならずに別れられる。だからさよならしよう。」 僕はそこまで聞いて、そっと立ち去った。別に結論が聞きたいわけじゃなかったし、礼儀上聞いてはならない気持ちが強かったから。 週明けの練習の最初に、マネージャからタオルを手渡された。柔軟剤の良い香りがした。 「これ、体育館に忘れてたでしょ?一応洗濯しといたから。」 僕はついマネージャーの顔を見つめてしまった。 「何?なんかついてる?」 慌てて携帯で顔をチェックする、その姿が可愛くて微笑んだ。そうしたら、マネージャーも僕の顔をじっと見た。 「君島くんって貴公子みたいに微笑むんだね。」 「貴公子ですか?」 「言われたことない?」 「いや、ないです。」 「ふうん、じゃあ高校生の時のあだ名は?」 「フィロソファー。」 ぷっとマネージャーは笑った。 「哲学者か。君にぴったりだね。でも貴公子も追加しといて。それもぴったりだから。」 そう言って軽く背中を叩かれた。 その日から、先輩たちのファウルが激しくなった。毎日傷が絶えなくなった。巧妙にぶつかられ、踏まれ、倒された。高校の時も似たような事があったけど、あの時は高岡がかばってくれた。今はいない。僕は自分で何とかするしかない。その日も足をひっかけられて転んで、くじいてしまった。マネージャーが泣きそうになりながらアイシングを当ててくれた。目が充血していて、本当に泣きそうだった。 「ごめんね、ごめんね。」 「先輩が謝ることじゃないですよ。僕がボーッとしてるのが悪いんです。」 「違うよ。これは悪意。しかも君に関係ないところでのね。もう我慢できない。」 そう言うと、マネージャーは立ち上がってプレーが続けられているコートにずかずか入っていった。キャプテンの合図でプレーが止まった。 「何だよ、どうした?」 キャプテンが驚いてマネージャーに聞いた。マネージャーは仁王立ちになって言い放った。 「いい加減にしなさいよ。腹が立つなら、私を相手にして。あんたたち全員、君島には手をださないで。」 体育館が静寂に包まれた。同学年のやつらは皆僕の方を驚いて見ている。コート内の先輩たちはばつが悪そうに下を向いている。キャプテンは顔が真っ赤だ。 「言いがかりをつけんじゃねえ。」 「言いがかり?そんなの嘘だって、ここにいる全員わかってるわよ。スポーツマンならね。正々堂々と勝負しなさいよ。情けない。」 そう言い捨てると、さっさと体育館から出て行ってしまった。僕は走って追いかけたかったけど、足が痛すぎてびっこを引きながら追いかけるという、なんとも無様な状態だった。マネージャーはだいぶ前を歩いていた。背中が怒っていた。 「待って、待ってください。」 何度目かにやっと彼女が振り返った。僕は出来るだけ急いで、でもヒョコヒョコと歩いて追いついた。 「無理しちゃダメじゃない。足くじいたばかりなのに。」 「そう思うんだったら、そばにいて下さい。」 「えっ?」 「あなたと一緒にいたい。」 「それって私のことが好きってこと?」 「はい。」 そうしたら、いきなり唇に温かくて柔らかなものが触れた。瞬間のことで、僕は身動きが出来なかった。彼女は唇を離すと、いたずらっぽく笑って、 「これが私の返事。」 と言った。それがイブのことだった。そうして僕たちは付き合い始めた。
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