1.君島駿

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そんなことを思い出しながら、時計を見た。9時20分だった。やっぱりな、9時には来られないよな。僕はメールを打った。まあどうせ、見るのはこちらに向かう電車の中だろうけど。 -大丈夫。心配しないで。待ってるから。― 私、駿のメール大好きなの。だって心があったくなるんだもの。全然独りよがりじゃないし、押しつけがましくもない。ああ、私大事にされてるんだなあって思えるの。いつだったか清香がそう言った。そうかな。別に意識していなかったから、改めて言われて驚いたのを覚えている。 段々とカップルたちが移動していく。でも僕はまだ柵にもたれたままだ。丁度、向こう側に同じように立って待っている女の人がいる。清香と同い年くらいかな。重そうなカバンを持って、ロングコートにブーツを履いているけど寒そうだ。手をこすり合わせている。早く来るといいですね、お互いに。僕は彼女に心の中で話しかけた。 「祐希(ゆうき)-、」 弾かれたようにその人が声のする方を見た。強い瞳だった。 「ごめん、ごめん。」 僕より少しだけ低いけれど、十分背の高い男の人が、ベンチコートに下はトレーニングウエアで、大きなスポーツバッグを持って走ってきた。 「遅いよっ、もう雪だるまになるかと思った。」 彼女は口をとがらせて抗議している。でも、目が笑っていて可愛い。 「今日、監督が何でか練習延長しちゃってさ。先輩たちもみんな嫌がらせじゃねえか、って大急ぎで走って解散したんだけど。うちの監督、彼女いないからさ。」 「ボール蹴り飛ばしてぶつけてやりたい。」 あははと、その背の高い彼は彼女の肩を抱いて楽しそうに笑った。楽しそうで良かった。彼の方は実業団か何かかな。蹴り飛ばすって言ってたから、サッカーなんだろうか。そうして二人が行ってしまうと、辺りは急に静かになって、寒さが余計に沁みるような気がした。10時だった。 まだかな、東京タワーが開いてるうちに着けばいいんだけど。今夜は救急も特に忙しいのかもしれないな。丁度忙しくて返事をしていなかったメールをいくつか打っていると、がやがやした雰囲気に包まれていたのに気がついた。 「何すか、先輩。イヴだってのに、男同士でタワーって。なんか俺情けないっす。」 「何が情けないだ。お前だってどうせ今夜は一人だろうが。」 「決めつけないでくださいよー。」 「えっ、お前誰かいたの?」 大声がする方を見ると、どう見てもラガーマンとしか思えないいでたちの大学生グループがいた。こちらも練習帰りかな。 「俺、こう見えても結構イケるんすよ。なんてったって、ゴールドですから。」 「ゴールドねえ。まあ確かに下のマネたち、結構お前見て騒いでるもんな。」 「えへへー。」 「そういう顔はレギュラーになってからしろ。」 「はい、すんません、キャプテン。って、俺レギュラーになれるんすかね。天下のY大ラグビー部で。」 「まあなあ、お前らの学年は特に粒ぞろいだからな。高校の全国常連校でレギュラーはってたやつらばっかだろ?まあ、でも腐らずに練習しろ。いつかは日の目が出る、かも。」 「かもって、なんすかー。かもってー。」 先輩たちの大きな笑い声と、どうやらスタメン落ちしているらしい後輩の彼の嘆き声とで、辺りが明るくなった。ついそっちに気を取られていて、 「ごめんねーっ、死ぬほど遅くなっちゃった。」 と言いながら走ってきた清香に気付くのがちょっと遅れた。 「え、ああ、大丈夫だよ。救急大変-」 そこでいきなりキスされた。清香のリップのミントの香りの。 「清香、いつもいきなり。」 「だってずっとキスしたかったんだもん。ダメ?」 上目遣いで見られるから、たまらなくなって抱きしめた。 「ずっと待ってた。」 「そうだよね、コートがすごく冷えてる。ごめんね、ほんとに。」 まだ病院の匂いの残っている清香が僕を抱きしめ返す。 「東京タワーまだ入れるかな?」 「まだ大丈夫だと思うよ。でも急ごうか。」 僕は清香の小さな手を握った。 「駿、本当に冷え切ってるね。」 そう言って僕の手を両手で包み込んでこすってくれる。澄み切った冬の夜空にそびえ立つ東京タワーを見ながら、僕はその頭のてっぺんにキスをした。
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