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「でね、咲に是非出て欲しいって、編集長の木戸さんが言うんだよね。」
クリスマスのデコレーションに、クリスマスソングが流れる、クリスマス全開のカフェで、エメリが言った。サングラスで一応顔は隠していても、すぐに周囲には気付かれて、今もあちこちから見られている。見られるのは俺も慣れているから、別に気にはならないけれど。
「俺?」
「うん。この間のダーリンの写真、問い合わせが編集部に殺到したらしくてさ。咲伝説が出来たらしいの。」
伝説か。ずっと言われ続けてきた。たまたま容姿がみんなの好みに合っていた、ただそれだけで。確かにいつも誰かがそばにいる。いてくれる。俺は来てくれる彼女たちに感謝しながら、出来るだけその気持ちを受け止めて、幸せにしたいと思う。俺の言葉で視線で嬉しそうになる、その笑顔を見たいと思うし、その笑顔は俺を幸せにもする。でも最近、少しずつ、これでいいのかと思うようになった。20歳になって大人になる。それなのに俺は昔と同じじゃないかと。
「どうしたの?嫌なら私木戸さんに断わるから、大丈夫だよ。」
言葉とは裏腹に、残念そうな影がエメリの顔を一瞬よぎる。
「いいよ、別に。」
だから俺はそう言う。そしてとたんに嬉しそうになるエメリを見て、安堵する。良かった、笑顔になった。
「いいの?ほんとに?じゃあすぐ木戸さんに連絡するね。」
携帯をかけながら店の外に出て行くエメリを、無数の視線が追いかける。苦笑しながら、ブラックをすする。公開撮影か。表参道って言ってたな。懐かしい、高校時代によく通ったし、部活で走った。青山通りをジャージで疾走してたもんな。そう言えば最近あんまり走れてない。大学のサッカー部でせいぜい走るくらいだ。基礎医学は覚えることが多くて、大抵勉強してるしな。走りたい。突然強く思った。俺はいつまでもどこまでも走っていくのが好きだった。走っている時は余計なことを考えないで済む。余計なことって何だ?何で俺は最近、立ちすくむような気持ちに時々襲われるんだ?
「連絡してきた。」
肩に手が置かれて我にかえる。
「ああ、何だって?」
「もうすっごく嬉しそうでさ、こっちがひくくらい。咲、いっそもうモデルやっちゃえばいいのに。」
エメリはそう言って、残っていたカフェオレを飲み干す。一つ一つの仕草が絵になる。さすがだ。華やかな仕事の裏側でどれだけの努力をしているのか、俺は知っている。知っているからこそ、俺に出来ることは何でもしてやりたいと思う。笑顔が一つでも多くなるように。
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