2.鳥越ケイト

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2.鳥越ケイト

“Can you come again tomorrow? Though Christmas Eve.” (明日も来てもらえる?イヴだけど。) 子どもたちに本を読むボランティアからの帰り、サンフランシスコ大学病院(SFUH)小児病棟のナースのサラに聞かれた。 “No problem. The same time, right?” (勿論です。同じ時間でいいですか?) “Yep, 3 o’clock.” (うん、3時によろしく。) “OK, see you tomorrow.” (OKです。じゃあまた明日。) “Thanks, Kate” (ありがとう、ケイト。) 大学三年の前期の授業で小児看護学を学んで、病棟実習も経験した。そうして、病気やケガを負ってはいるけれど、その中にあってもその生きようとする力、成長発達するエネルギーに惹かれた。小児科のナースになりたいと強く思った。それ以来、病棟に出入りをさせてもらっている。今は本を読むボランティアをしている。3時のおやつの時間とセットで、子どもたちの楽しい時間のお手伝いだ。 「本当は私たちだって、ゆっくり子どもたちと過ごしたいのよ。楽しいことだってどっさりしたい。でも時間が限られていて、私たちにはすべき仕事があるでしょ。だから残念だけど、出来ないのよね。それで、うらやましくてたまらないこの仕事を泣く泣く譲るわ。」 ボランティア初日にサラはそう言っていた。 それは実習中もナースたちからよく聞いた。学生さんがうらやましい、ずっと子どもたちと一緒にいられるから、と何度も。そうか、仕事になったら確かに一緒に楽しいことばかりしてられないものね。投薬、処置、記録、査定、ありとあらゆる安全管理。あっという間にシフトの時間は過ぎてしまう。実習でさえそう感じたもの。勤務を始めたら激務だろうな。 一体、私に出来る看護ってどういうものだろう?病棟で様々な看護をするナースたちを見てから、疑問に思い始めた。実習が終わってからずっと考えている。 サラは楽しい看護をする。きっちりと締めるところは締めるけれど、それ以外は笑っている、大抵は。シェリルは結構厳しい。規則第一で、例外はほぼ認めない。ジュディは真面目だ。いつでも緊張しているように見える。 結局、看護にはそれまで自分が生きてきたこと全てが反映するような気がする。何が大切で、何は譲れないのか。自分はどうありたいのか。そう考えると、怖い職業だ。自分まるごとが仕事に出てしまうから。
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