2.鳥越ケイト

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その後、おじいちゃんと店でオレンジの仕分けをしながら話した。昔からおじいちゃんには何でも話してきた。だから居候している今も、何でも相談する。 「おじいちゃん、看護ってさ、私みたいな発達途上の人間がやっていいものなのかな?」 「発達途上?」 おじいちゃんはおかしそうにこっちを見た。 「うん、だってさ、病気の子どもや大人の、何ていうかな面倒を見て、その人のベストにまで持って行くんだよ。専門的知識やら技術やらで。」 「ははは。面倒を見るねえ。先生たちが聞いたら嘆きそうだな。もう少しプロフェッショナルに教えられているだろうに。」 「うん、そりゃ勿論ね。全人的に包括的にケアをすることによって、患者のwell-being、安寧か、をその人の可能な限りのレベルに到達することを促進する、だったかな。でもさ、いずれにしても、そんな大それたことを卒業してすぐの21、2の私なんかがやってもいいのかな。」 「じゃあ、ケイトは誰ならやっていいと思うんだい?」 「え、大人かな?酸いも甘いも嚙み分けた。」 「あはは。ケイトは本当に面白いな。」 そう言うと、おじいちゃんは新しい段ボールの中を覗いて、山ほどのオレンジを取り出した。今はオレンジのシーズンだから、特につやつやしていて、見るからに美味しそうだ。 「ほい。」 その中から一つとって渡してくれる。皮をむくと途端に、辺り一面オレンジの香りになる。私は目を閉じて、その香りを吸い込んだ。カリフォルニアの青空が見える。 「美味しいねえ。」 「だろ?今が旬だからな。おまけにケイトは食いしん坊だから、本当に美味しそうに食べるんだよな。店の前で一日中、その顔で食べてもらったら、お客がどっさり来そうだ。よっこらしょ。」 「ああ、待って。私やるよ。貸して。」 私は慌てて段ボール箱を持った。大学により近いおじいちゃんちに居候させてもらう代わりに、お店の手伝いをすることになっているのだ。まあ、その前から週末はよく店番をしていたから、何てことないんだけど。 おじいちゃんの店はこの界隈のコンビニみたいなものだ。野菜と果物メインの、だけど。常連さんは皆近所の人。でも、目の前の坂を上ったサンセットタワーに住んでいる人たちもよく寄ってくれる。大学や病院があるから、その関係者も結構いる。オペ着のドクターが駆け込んできて、トマトを山ほど買っていったりする。”Need vitamin, lots of vitamin!”(ともかくビタミンとらなきゃ、ビタミン!)とか言ってたから笑っちゃった。そういう時、おばあちゃんは必ずオレンジをおまけする。「医者の不養生にならないように」って。 「でさあ、だから私みたいな青二才が偉そうにさ、看護とかって、どうなのかなって考え続けているわけ。」 「じゃあ、おじいちゃんくらいがやればいいのか?酸いも甘いも嚙み分けてるぞ。」 「う、いや、それはちょっと。」 「だろう?あはは。だからいいんだよ、何歳なら十分だとか、まだ不足しているとか、そんなことは考えなくて。ただその時その時で、ケイトのベストを尽くせば。」 「私のベスト?」 「ああ。ケイトが自分に恥じないようなベストをな。」 自分に恥ずかしくないような看護をするってことか。未熟で大人になり切れていない、情けない私がすべきことは。そうか。そして自分が成長することによって、自分のベストも成長していくんだね。よし、それなら少し見えて気がするぞ。
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