御目通り

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武人は月姫の乳母の語る、不思議の話を黙って聞いておりました。 「では因幡真神どのに聞こう。国主様ご一行、とくに二の姫様を守るために来た、と言うが、褒美(ほうび)は何が所望だ」 主人のトオルに尋ねることができないため、真神に聞こうというのです。 「ここに来る途中、吾は秩父の地で、大口真神を奉ずる社に降り立った。そこで土地の者どもの歓待を受けたが、(あぶ)った魚や生地の肉は美味であった。神酒も飲ませてくれたが、力が体の底から湧き出るようであった」 因幡真神は旅の一行を警護する報酬として、日に一度の食事を要求したのです。 「炙った肉か魚に、御神酒(おみき)をつけろというか。わかった、そのとおりにしよう」 金時は意外な要求に驚いたようですが、これはとても大事なことでした。 真神が食事をしなければ、トオルが飢え、肉体が次第に痩せ細っていくでしょう。 かと言って、真神が山犬の本性のままに生の兎や雉を食らっても、主人の肉体が野生の(やまいぬ)と同じ食事に耐えられるかは分からないのです。 山犬は下毛野金時に伴われて、菅原氏の寝所近くへ参りました。 庭先で待て、との言葉を受け、白州の端に座って待ちます。 しばらくすると武人が上総国国守と夫人、長子、二人の姫を伴って縁側へ出て来ました。 下の姫君――月姫のことです――が山犬を見て、目を輝かせます。 彼女は年のころ12歳、13歳でしょうか。 (くしけず)られた黒髪、つぶらな瞳、高くはないけれど筋の通った鼻の持ち主でした。 引き締まった唇は、身につけた教養を物語っているように思われます。 彼女はどうやら、好奇心旺盛な少女のようでした。 庭へ飛び降りようとするのを、義母と姉があわてて制止します。
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