15人が本棚に入れています
本棚に追加
武人は月姫の乳母の語る、不思議の話を黙って聞いておりました。
「では因幡真神どのに聞こう。国主様ご一行、とくに二の姫様を守るために来た、と言うが、褒美は何が所望だ」
主人のトオルに尋ねることができないため、真神に聞こうというのです。
「ここに来る途中、吾は秩父の地で、大口真神を奉ずる社に降り立った。そこで土地の者どもの歓待を受けたが、炙った魚や生地の肉は美味であった。神酒も飲ませてくれたが、力が体の底から湧き出るようであった」
因幡真神は旅の一行を警護する報酬として、日に一度の食事を要求したのです。
「炙った肉か魚に、御神酒をつけろというか。わかった、そのとおりにしよう」
金時は意外な要求に驚いたようですが、これはとても大事なことでした。
真神が食事をしなければ、トオルが飢え、肉体が次第に痩せ細っていくでしょう。
かと言って、真神が山犬の本性のままに生の兎や雉を食らっても、主人の肉体が野生の狼と同じ食事に耐えられるかは分からないのです。
山犬は下毛野金時に伴われて、菅原氏の寝所近くへ参りました。
庭先で待て、との言葉を受け、白州の端に座って待ちます。
しばらくすると武人が上総国国守と夫人、長子、二人の姫を伴って縁側へ出て来ました。
下の姫君――月姫のことです――が山犬を見て、目を輝かせます。
彼女は年のころ12歳、13歳でしょうか。
梳られた黒髪、つぶらな瞳、高くはないけれど筋の通った鼻の持ち主でした。
引き締まった唇は、身につけた教養を物語っているように思われます。
彼女はどうやら、好奇心旺盛な少女のようでした。
庭へ飛び降りようとするのを、義母と姉があわてて制止します。
最初のコメントを投稿しよう!