御目通り

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菅原氏が声を上げました。 「そなたが金時の言う『異人にして鬼神』であるか。よろしくたのむぞ。名は、なんと申したかな」 山犬は声を出して返事をする代わりに、座った姿勢から真上へと跳躍いたしました。 屋根よりも高く昇ったところで、身を丸め、くるくると回りながら下りてきます。 着地すると周囲の白砂が音を立てて散り、足元に模様を浮かび上がらせました。 白州の上に書かれた文様は真名(まな)(漢字)であり、菅原家の人々からは、こう読めました。 因幡 融(いなばとおる) 因幡真神(いなばのまかみ) 我們可以義気為重 (我らは義を重んじる) 菅原氏はかつて右大臣まで上り詰めた菅原道真に繋がるもので、学問の家系です。 真名を使って自らと主人の紹介をする鬼神の芸に高標は、いたく感動し、一も二もなく旅の同行を認めました。 それ以来、因幡真神の居場所は国守の一家が寝起きする寝所に面した庭先となりました。 初めてお目見えした9月の朔日(ついたち)から二日後の、9月3日に一家は上総国国府を出て、「いまたち」に入りました。 いきなり西へ向かうのではなく、縁起の良い方角へ一度向かって、しばらく滞在するのです。 方違(かたたが)えの間、ほぼ半月を菅原氏と真神はそこで過ごしました。 その間に山犬は、守るべき相手である月姫に、すっかり懐いておりました。 ただ不気味に思われるのを恐れてか、菅原氏の一家の前では、けっして人の言葉を喋ろうとはしませんでした。 金時が菅原氏に言い含めてありましたので、姫が館から出る時は、かならず次女と真神を連れて行きます。 真神はきりりと巻いた尾を誇らしげに立て、彼女のすぐ横を軽やかな足取りで歩くのでした。 これでは何人たりとも、姫に害を成すことは出来ないでしょう。 国守も金時も、ほっと胸を撫で下ろしました。
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