飯綱使い 壱

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飯綱使い 壱

今宵は満月という日、ついに一行は西へ向けて移動を始めました。 夜は下総の「いかだ」というところへ泊まります。 「せっかく満月の宵だというのに、土砂降りの雨が降っておった」 因幡真神の言葉どおり、雨は朝から降り続き、夕刻になっても止みません。 「この(いお)などは、浮き上がって、海まで流されてしまうのではないかしら」 月姫が心配したとおり、周囲よりわずかばかり高い土地に建てた仮屋の周囲は、まるで川のように水が流れ下っています。 真神は仕方なく、軒下に立ったまま雨宿りして、ひと夜を過ごしました。 「雨粒が屋根を叩く音も恐ろしい。眠れやしない」 月姫はそう言い立てて縁側まで出てくると、真神に物語を語って聞かせました。 「さすがは『ものがたり姫』だこと。お話がおじょうずね」 姉の姫君も雨音が恐ろしかったのでしょうか。 いつの間にか奥から出て来て、月姫の隣に座りました。 降り頻る雨の中、姉妹はそうして夜が更けるまで物語をして過ごしたのです。 乳母の胡蝶が側にいれば、姫君に夜更かしなどさせなかったでしょう。 彼女は今、体調を崩して「松戸(まつさと)」の家に戻り、床に臥せっておりました。 「還暦を過ぎた(おうな)であるからな。吾らが現れて気が抜けたのであろう」 元より高齢のため、月姫の供をして上京の旅は難しいと思われておりました。 さらに姫は坂東のならず者、平某(たいらのなにがし)に狙われています。 自分に代わって姫君を守る異人が、どうしても必要でした。 それもあって胡蝶は、遠く因幡の山奥に住む仁王丸に助けを求めたのです。 結局、「いまたち」を遅れて発った人々を待って、「いかだ」には2泊しました。
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