鬼神の探求

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鬼神の探求

山犬はただの獣ではなく、狼の鬼神(きしん)です。 名を「因幡真神(いなばのまかみ)」と申しました。 鬼神には必ず、主人がいます。 因幡国(いなばのくに)山間(やまあい)に隠れ棲む部族には、まれに無意識から鬼神を()び出すことの出来る異能者、つまり「異人」が生まれますが、トオルもその一人でした。 自分の欲した時に人外の力を喚び出し、変身する力、なんと魅力的でしょうか。 「お主は勘違いをしておる。己の鬼神に自らの体を使わせるのは、これまで生まれてきた異人の中でも、ただ一人、()が主人のトオルだけだ」 人の胸の中にあって、光の当たらない部分、それが鬼神を生ずる力の源です。 因幡真神の申すには、トオルは意識の中心である自我(じが)と、無意識を含めた心の中心である自己(じこ)が、きわめて近いのだそうです。 無意識の内に潜む影、鬼神との同化が起こりやすい心の構えを、少年は持っていました。 ですから鬼神が喚び出された際に、トオルと因幡真神は一つの体を分け合うことになったのです。 「はるか東国から鬼神・鬼蜘蛛(おにぐも)が因幡にやってきた。その日に(われ)は生まれたのだ」 鬼蜘蛛は40年以上も昔に京へ出稼ぎに上り、そのまま行方知れずとなった異人が使役していた蜘蛛の鬼神です。 東国で困りごとが生じたため、主人の胡蝶(こちょう)が助けを求めて遣わせたのでした。 かつて異人・胡蝶は京で源氏の頭領、源頼光(よりみつ)に討たれかけたところを切り抜けて、はるか東国に落ち延びました。 縁あって下総国・(しもうさのくに)松郷(まつさと)の武士の妻となって暮らしていたところ、数年前に上総(かずさ)国国守に召し出されました。 今では菅原氏に乳母(うば)として仕え、二人目の姫君・月姫様のお世話をしております。
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