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因幡真神がこの地に立つよりも何百年か昔、大和より日本武尊という皇子が東征にやって参りました。
御岳山で尊は深山の邪神を退治しましたが、直後に山谷鳴動し、一寸先も分からない深い霧に包まれてしまいます。
軍勢が道に迷っていたところ、忽然と白い山犬が現れ、道開きをしました。
尊は白狼に感謝し、「大口真神として御岳に留まり、全ての魔物を退治せよ」と、命じたのです。
以来この地では、御嶽神社の境内に大口真神社を建て、信仰して参りました。
姥はいつも、お社にお参りしておりましたが、今朝は霧の中から青白橡の毛皮に身を包んだ熊ほども大きな山犬が出てきたので、すっかり「おいぬ様」が現れたと勘違いをしたのです。
「吾は大口真神などではない。因幡国に土着する異民族が喚び出した鬼神だからな。倭の民に味方する神狼と間違われても困る」
山犬は自らの名を告げ、寝床を探すためにその場を去ろうとしましたが、神の使いに出会ったと信じ込んでいる嫗には通じません。
「それでも『おいぬ様』には変わりありません。皆を呼んでもてなしをします故、しばらくお待ちくださいませ」
結局、その日の日中は大口真神の社の前に丸まって寝ることになりました。
夕べになると、姥と近隣に住む者たちが御神酒と焼いた魚を持って社に集います。
因幡真神は食事をとり、御神酒で喉の渇きを癒すと、再び駆け出しました。
真夜中になる少し前、山犬は上総国国府に辿り着き、待ち構えていた鬼蜘蛛と、その主人の胡蝶に迎え入れられます。
時に寛仁4年(1020年)9月の朔のことでありました。
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