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御目通り
翌朝、山犬は胡蝶に連れられて、上総国国守・菅原高標屋敷に向かいます。
鬼蜘蛛はいつの間にやら、姿を消しておりました。
胡蝶の影に隠れているのです。
菅原氏は3日に国主としての任期が明けるので、目下、次の国守への引き継ぎと旅の準備に追われています。
任を終えるとすぐに方違えのために「いまたち」という地に向かい、そこで十日ほど過ごしてから西へ上る旅を始めようというのでした。
屋敷に近づくと警護の者の姿はなく、門の下には身の丈6尺ちかい金剛力士のような大男が、彼らを待ち構えておりました。
国守一行を京まで護衛する任を命ぜられた、元摂関家の武士、下毛野金時(しもつけのきんとき)です。
年の頃は二十歳くらいの美丈夫でした。
神社のしめ縄のような筋骨隆々とした腕を組んでいます。
直垂姿に烏帽子を被り、腰には墨よりも黒い漆塗りの鞘に納まった太刀を佩いていました。
「首の後ろの毛がちりちりと音を立てて焦げるかのようであった。あの太刀は恐ろしい」
因幡真神は武家の腰にある太刀が、由々しき代物であることをすぐに見抜きました。
それは征夷大将軍・坂上田村麻呂が、かつて所持していたうちの一振り、妖刀・黒漆です。
長いこと使い手が見つからなかったのですが、この度の一件で東下する際、源氏に伝わりし刀を下毛野金時に与えたのでした。
山犬の感じたところ、黒漆太刀の禍々しさは、いったん鞘を離れたら全てを呑み込んでしまう貪欲さにあるようでした。
善も悪も、聖も邪も、光も闇も、一切合切を食らってしまう、そんな気がしたのです。
山犬が思わず歩みを送らせますと、それを察したのか、胡蝶が声を張り上げました。
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