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プロローグ
トオルという名の少年がひとり、月のない夜空の星明かりの下、岩ばかりを積み上げたような山裾を駆け上っておりました。
背には年の頃13歳くらい、利発そうな顔立ちをした公家の姫君がしがみついています。
少女は日ごろ、「二の姫君」、「ものがたり姫」などと呼ばれておりましたが、本人は「月姫」と呼ばれるのを最も好んでおりました。
空には満天の星が輝きを放っています。
それに対し、地上はごつごつした岩と影ばかり。
闇の支配する、漆黒の世界でした。
ときおり、掻巻から出た少女の手足が、青白くぬめった光を放って閃きます。
首筋にしがみつく月姫を乗せて、トオルはまるで風のように走りました。
刃物のごとく鋭い岩の縁も、針のごとく尖った水晶の先も、彼のはだしの足を傷つけることはありません。
なぜならば少年は、熊かと見まごうほど大きな山犬(狼)に姿を変えていたからです。
果たしてトオルは何故、人にして山犬へと姿を変えているのでしょう。
月のない夜に何故、月姫を背負って、岩ばかりで覆われ草木も生えぬ富士に登っていくのでしょうか。
「知りたいか、お主? ならば語って聞かせようぞ」
問いかけてきた、声の主は山犬でした。
彼は風のように駆けながら、ここに至るまでの旅路を語ってくれました。
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