阿鼻叫喚のタルタロス

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 それから椅子部分。中に入る少年少女達の全てが性格的に優等生というわけではない。中には些細な理由でクレームをつけて、直前でポッド研修への参加をキャンセルしてくる輩もいる。以前には、“椅子の座り心地が悪そうだからやりたくない!”などとポッドに入る直前でごねたアホもいたそうだ。クレーマーと呼ばれる存在はどうにも中高年に限った話ではないらしい。以来なるべく全てのポッドに、少し値の張った高級な皮の椅子を設置することになったそうな。全く、国家予算も無限ではないというのに。  その椅子部分に小さなシミがあるから嫌だ!なんて喚く奴も珍しくない。赤い皮椅子はビニールでコーティングしてあるのでシミはつきにくくなっているが、それでも念のため表面を丁寧に清掃する。小さな隙間に至るまで、ゴミが落ちていないようにしなければいけない。  それから基盤部分に、頭に固定する機材のヘッド部分。壁に、タイル張りの床。一つを磨き上げるために、数十分は時間をかけることになる。本当はもっとさっさと終わらせろと言われているが、いかんせんチェック項目が多すぎるのだ。これでも一つに一時間オーバーもかかった去年と比べたら、相当上達したし短縮できた方だと思っているのだけれど。 「ニキ、急げ!まだ半分も終わってないんだからなー」 「先輩もメインモニターのチェック終わったら手伝ってくださいよー!」  遠くで遠隔操作の基盤のチェックばかりやっている先輩に、思わず文句を垂れる。清掃スタッフは俺以外にも数名いるが、中には今年入ったばかりの新人もいて作業ペースはお世辞にも早いとは言えない。  明日の午前中にはもう中学生達がやってきてしまうのだ。その前に全て終わらせなければいけない。いくら残業代は国から支給されるとはいえ、真夜中まで作業を続けるのはこっちもごめんなのである。 「ところがどっこい、俺はこのあと換気扇の掃除がある。そっちも死ぬほどしんどいんだけど、お前代わるか?」  先輩は苦笑いしながら、それも嫌だろ?と告げた。 「ま、頑張りたまえよ。今年も、去年同様終わったらご褒美待ってっから。お偉い方のお零れががっつり貰えるってよ」 「やっりー!そのために俺生きてる!頑張ってるっすー!」 「はっは、現金なやつめ」  俄然、やる気が出てきた。なんせ、その“ご褒美”こそ、俺がこの大変な仕事を始めた最大の理由なのだから。
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