お八つの時間

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※※※ 「味変わったなぁ」  不満そうな客の言葉。惣太は思わず表情を曇らせた。 ――やり方は間違っていないはずや。この一年間、いつも師匠の隣で一緒に作ってたんやから。 「くっそー。『いやみ』め!」  常連客であり、祖父・文六の親友でもあった岩見(いわみ)の背中が、三軒隣先の彼の家に消えた。それを見届けた途端、惣太は苛立ちまぎれに、頭の和帽子をむしり取った。  骨と皮だけの岩見は『お八つ堂』に来る度に、味の変化について長々とお説教し、祖父との思い出を語っていく。惣太は正直辟易していた。  老舗といっても、寂れた店内。従業員もたったの二人と売り子のおばさんだけ。この伝統ある店を守っていく為にと新作を試みるも、誰もついてきてくれず、惣太は一人だけで突っ走っていた。  店先の古い柱時計が三回鐘を鳴らす。 「お八つの時間やで」  母が勝手口を開けて顔を出した。着物をきれいに着付けてシャンとしているが、最近は頬が痩けて顔も青白い。惣太は溜め息をもう一つ落として、店先から踵を返した。  茶筅(ちゃせん)の軽やかな音と、香る抹茶。この店に受け継がれてきた、『お八つの時間』。三時になると、職人が交代制で離れの茶室に正座し、和菓子を食べる決まりだった。  この日懐紙に乗ったのは、惣太が今朝作った練り切りだ。1ヶ月後の正月用にと、紅梅や松、菊を象った華やかなものだった。  惣太の和菓子の、見た目の繊細さや美しさは先代にも勝る。それを従業員の宇佐美(うさみ)諸隈(もろくま)は、表情を変えずに黙々と食べた。二人ともここで働いて数十年来の祖父の仲間だ。居心地の悪さに、惣太は膝の上の拳を固くして、口をへの字に曲げた。 ――なんでなんやろう    惣太はその違和感を、抹茶で無理やり喉の奥に流し込んだ。
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