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「さあ、気張るで。今日はフランス人観光客がぎょうさん来はるんやから」
気合を入れた大きな声で呼びかける惣太。宇佐美と諸隈の大袈裟な溜め息で空気が澱む。
今日はフランス人旅行者の団体が『お八つ堂』の見学に来る。職人たちの了承を得ることなく、店の新たなチャレンジとして惣太が旅行会社に持ち込んだ企画だ。
「うちはどうかと思うけどなぁ。先代聞いたらカンカンに怒りますえ」
まだ納得してない様子で小柄な諸隈が呟く。
「まあ、外国人旅行者も増えてるんやし。文化知ってもらうんもええんと違うか」
細身で長身の宇佐美は、惣太に押し切られた後は諦めモードだった。
店先でバスを待ち構えていた売り子の好子が慌てて作業場にやってきた。敵陣の来襲を報告するかのような顔で「来たで!」と内緒話のようにコソッと言って、大きなお尻を振りながらまた出て行く。途端に空気が張り詰めた。
間もなく店の前に停まった小型バスから、15名のフランス人がコートを纏って降りてきた。皆スマホを片手に、興味深げに店先の写真を撮っている。宇佐美と諸隈は引き攣った笑顔で冷や汗をかいていた。その彼らにも不躾にカメラが向けられる。
店の暖簾も、瓦葺きの屋根も、好子の着物も、職人の白い作業着も、全部物珍しいのだろう。
――作業場によそ者を入れるんじゃねえ。
祖父が生きていれば言うであろう言葉に耳を伏せ、惣太はぞろぞろとやってきた観光客を奥に通した。
と、そのうちの一人の足元にハンカチが落ちる。惣太はそれをさっと拾って笑顔で差し出した。
「Je l’ai laissé tomber.《落としましたよ》」
惣太と年はさほど離れていない若い女性だった。
「……Vous parlez très bien Français.」
長い睫毛が縁取る青い目を細め、彼女は惣太のフランス語を褒めてくれた。
「大将!」
奥の方から切羽詰まった声に呼ばれた。惣太はハッと顔を作業場に向け、彼女に小さく頭を下げて慌てて奥に向かった。
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