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観光客を半分の人数に分け、ツアー通訳を介して練り切りの説明をし、作り方を実演する。打ち合わせ通り、宇佐美と諸隈は間隔を開けて同じ作業を客に見せる。
手のひらの中で生まれる繊細な菊の花。観光客は感嘆の声を漏らし、その録画をSNSに投稿していた。
残りの半分は茶室へ。以前は従業員が多かったために大きめに作られた8畳の茶室。日本文化に敬意を払って正座する者もいたが、恰幅のいい欧米人が胡座をかいて座るとぎゅうぎゅう詰めだ。香水の匂いもプンプンする。
――あの布は何?
――なぜわざわざここで茶碗を洗うんだ?
茶道の先生である母の額に、青筋が浮き立っていた。美しい所作や静かな部屋に響くはずの音は、観光客の話し声と無機質なカメラのシャッター音の前に意味を成さない。
「あのー、時間が押してまして!」
母が懸命に抹茶を点てている茶室の外から、ツアーガイドの苛立つ声が聞こえた。
観光客は日本の茶の文化を堪能したつもりになり、店頭の和菓子を買って満足げにバスに乗り込んでいく。その後ろ姿を見送りながらホッと息を吐く惣太に、一人の女性が近づいてきた。ハンカチを落とした彼女だ。
「またね」
自然な日本語だった。驚く惣太の手元に、紙の感触。ひんやりとした細い指が触れ、心臓が跳ねる。
(連絡先か?)
甘いバニラの香りが鼻を掠め、思わず口元がにやけた。
母を含めた従業員は、初めての経験に呆けながらバスを見送る。
惣太もその列の端に立っていると、バスの図体で見えなかった向こう側、店の斜向かいに、怒って真っ赤になった岩見が仁王立ちしていた。
「…………!」
従業員一同、石のように固まり、真っ青になった。
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