雨の日の記憶

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 その日、仕事から帰ってメールのチェックをすると、母からのメッセージ。慌てて飛行機を予約し、最低限の荷物をボストンバッグに詰めてアパルトマンを飛び出した。  フランスの気まぐれな空は、その日も雨を降らせていた。  葬儀が終わり、遺品の整理をして。母は父と暮らしていた家から実家の伊藤家に、スーツケースと数箱の段ボールだけの引越しを終えた。 「お帰り」    到着すると、後継ぎを失って悄然としていた祖父は、いつも通りの職人の顔に戻って、玄関で迎えてくれた。母は涙を含んだ声で「ただいま」と答え、昔からの自室に荷物を運んだ。全てを終えて座り込んだ居間に、溜め息が落ちた。  静かな畳の間に、母屋とひと続きになった店の方から、足音がゆっくりと近づいてきた。 「疲れたやろう。食べなはれ」  コトン、と座卓に置かれた、玄米が香る湯呑みと、練り切りが乗った和皿。 「若大将(おまえの親父)が、一番好きやったもんや」  甘かった。  その和菓子の餡子に目頭が熱くなって、それから間もなく体が干からびるんじゃないかと思うくらい涙が溢れた。  惣太の気持ちを汲んでくれたかのように、空も泣いていた。 ※※※  カチャリ。  勝手口の扉が開いて、惣太は急に思い出の中から引き戻された。振り返ると、そこにいたのはフランス人「粗悪メモ」女。途端に惣太の胸に苦いものが上ってきた。 「定休日って札が掛かってたけど、裏で音、してたから」  やはり流暢な日本語だった。悪びれることなく青色の瞳が笑う。それがかえって惣太の神経を逆撫でた。 「出て行ってくれませんか。忙しいんで」 「oh la la。昨日はあんなに盛大に観光客を入れてたのに」
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