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Food chain その1
なーんて、綺麗な空なんでしょ。
公園のベンチにドカリと座り込んでいる私の真上の空には、何匹もの子羊たちが連なって小躍りしているかのような幾つもの小さめのもこもこ雲が高い青空の中を悠々と流れている。
小躍り…いや、迷える子羊達かも?
その子羊たちの群れが感じているであろう風を、自分の頬に感じる。
あぁ。
真夏の暑さと違って、木陰を通る風のなんと爽やかなこと。
「…あの…○○飯店でお料理を注文された田中さんでしょうか?」
「はひ??」
いや、もう完全に阿保ヅラを曝していたであろう私に、かなり遠慮がちな声が掛けられる。
うわうわ、予想していたよりも早く来ちゃったのね。
今更感がありありなのは分かってはいるけれど、空に向けていた顔を下ろして思いっきりにこやかな笑顔を作り宅配員さんの方に顔を向けた。
「いかにも。私が注文した田中です」
「…ご注文の品です。こちらにお出ししても宜しいでしょうか?」
「はい、遠慮なくどうぞ」
肌に感じる秋風よろしく爽やかな笑顔を浮かべつつ、厳めしく物々しい言い草で応える。
が、宅配員さんは全く動じる気配ナシ。
表情と口調のミスマッチによる『クス』というお笑いへともって行って、馬鹿げた阿保ズラを見られた失態を上書きしたかったのに、その事に関しては見事に無視された。
依頼主だということが分かればそれだけで十分、他はどうでもいいと言わんばかりに。
もしかすると、一刻もこの場から離れたい一念からか。
無言のまま、自分が宅配してきた注文品を私が座るベンチの空きスペースに出す。
ちょっと、ちょっと。
宅配員とはいえ、一応、サービス業の一種になるんじゃないの?
もうちょっと、愛想よくしても罰は当たらないと思うけど。
ただ恥の上塗りをしてしまった私は、何の罪科(つみとが)もない配達員へと恨み言を心の中で一人ぼやく。
「…では、こちらでカード決済になります」
「了解致しました」
笑え!と、半ば呪いのような気持ちで無視されている厳めしい口調を懲りずに繰り出す。
ホントは、さっきも、少しは可笑しいって思ってたんじゃない?
笑うと失礼だとか、自分のイメージが崩れるとか(あ、この配達員さん、クールビューティ男子って感じなのよ)、そういった理由で我慢しちゃっただけなんでしょ?
…なんていう、私の脳内呟き、もしくは、決めつけの言葉など勿論 意に介さない彼は、手早く操作を済ますと、丁寧に一礼をしてから「ありがとうございました」と言って、近くに停めていたバイクへと向かっていった。
「ちょ…ちょっと、待たれい~~!」
自分でも声を出してから驚いた。
それは、立ち去ろうとする配達員さんをいきなり呼び止めたことは勿論だが、どうしたことか、時代劇口調になってしまったことに。
これは、お笑いを狙うとかいうレベルじゃなく、普通に恥ずかしいぞ、私!
今日の私の頭の中のネジは、確実に一本…いや、2,3本は飛んでいる。
自分から声を掛けときながらだけれど、いや、もう足をも留めずにどうか一刻も早くここから立ち去って下さいという気持ちだ。
あ。
そもそも、あのクールビューティ男子が、自分のミッションも終了しているのに、こちらへ戻ってくるわけもない。
そうだ、そうだ。
あぁ。良かった。
…なんて、思っている間に、配達員のクールビューティ男子が、ツカツカとこちらに向かって勢いよく戻ってきた。
な、何故、戻ってくる??
【その2に続く】
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