0人が本棚に入れています
本棚に追加
Food chain その3
「もうちょっと、美味しそうに食べたらどうです?」
「十二分に うまいと思って食べてます」
結局、彼は配達の仕事は終わりにして私の食事にお供してくれることになった。
そもそも中華飯店の配達員さんではなかったらしい。
今回初めて使ったデリバリーサービスだったから、私はその内容を良く分かっていなくて、注文した先のお店専属の配達員さんが運んでくれるものだと思い込んでいたのだけれど、そうではなく、今では すっかり市民権を得ている某個人宅配サービスの配達員さんだそうだ。
だから、スマホをオフラインにしてしまえば、配達の注文が入ることもないので、時間は空けられるということ。
そんなクールイケメン配達員の彼は、黙々とニコリともせずに箸を進める。
えぇ、私が彼を引き留めたんですけどね…
一人で食べるよりは、マシなんだとは思うんだけれどね…
…なんだけれどね。
「せっかくですね、こんなに良い秋晴れの公園で飲茶を味わってるわけですよ。しかも、そこそこ お高いお店のですからね。もっと、満面で『美味しい』って表現しても罰は当たらないと思うんですよ」
「どうぞ、僕に遠慮することなく、存分に『美味しい♡』って、顔だけでなく全身で味わいの感動を出して下さい」
「ちょっと、私、『美味しい♡』なんて甘ったるい言い方してませんけど?!」
「でも、実は、それぐらいの勢いで言いたいんですよね」
う、と言葉に詰まる。
えぇ、そりゃ、そうですよ。
女子はね、美味しいものや可愛いものなんかに、はしゃぎたくなるもんなんですよ。
ですけど、一緒に食べてる相手が黙々とニコリともせずに食べてる傍で、そんなことをした日には、ハッキリ言って浮きますよ、この公園の中で一番に!!
「…それよりも、どうして食べきれもしない量の料理を注文したんだろう?って、気になりません?」
「話したければ、聞きます。ただ、聞くだけですけど」
「ちょっと、それは、『なんもしない人』のパクリ??」
私が憤っている間にも、彼は思いのほか綺麗な箸遣いと所作で料理を口に運んでいる。
細身ではあるけれど、筋肉はついているらしい肢体は秋の柔らかな日差しですら力強く光らせるよう。
この人って、何ににも動じないタイプって感じ。
丁寧に話そうが、いつも通りの口調で遠慮会釈なく話そうが、それにいちいち眉頭を上げることもなさそう。
私は一つ息を吐いて、独り語りのように話し始めた。
「ホントはね~、今日はデートだったんだ。大学に入ってから初めてできた彼でね~。付き合い始めて一週間。初めてのデート。
もぉ、嬉しくて嬉しくて。
結構、イケメンだったんだよ~。なのに、すっごく優しいんだ」
「そうですか。イケメンだったんですか」
「そう、イケメンで優しいの。すんごく優しくて…優し過ぎて、別の女の子に何度も告白されては断わる度に泣かれてたんだけど、私と付き合い始めて本当は私よりも彼女の方を好きになっていたことに気付いたんだって」
「そうですか」
「うん。それをさぁ、ほんの一時間前の電話で言われたんだなぁ。もうさぁ、こっちは、奮発して料理のデリバリーまで頼んじゃっていたのに」
「そうですか」
「キャンセルするのも気が回らなかったなぁ。あ、でも、キャンセルも間に合わなかったかな。どっちにしても」
「そうですね」
「…公園デートだと、そんなタイプの彼氏なら自分でお弁当作る女の子の方が好きなんじゃないの?とかって思ってない?」
「ノーコメントです」
「絶対、思ってるね!あのね、これでも早起きしてお弁当作ろうって頑張ったんだって。だけどさ、出来上がりは料理アプリにアップされてる写真とは似ても似つかない代物で。インスタ映えなんか、どう考えても無理!!って感じよ。こんなもの披露して食べさせる方がダメじゃん!って…だから、デリバリー頼んだの!しかも、二人分よりも多めにね!中国の方では客人が食べきれないほどの料理を出すのが、『おもてなし』らしいし」
「デリバリー頼んだのが中華だったからって、中国の風習云々に習う必要はなかったんじゃないですか…それよりも、もう食べないなら、こちらも頂きますが」
私が話している間も食べる口を止めていなかった彼は、私の分だと残していたものを見ながら尋ねる。
いやいや、たった今、失恋したばかりの傷心女子を前に、よくそんな平然と食べることに関しての会話を持ち出すよ。
【その4に続く】
最初のコメントを投稿しよう!