0人が本棚に入れています
本棚に追加
Food chain その4
えぇ、この方には私の傷心なんて微塵も感じられてないことでしょう。
どうせ、いつもより食欲もないから、いっそ、綺麗に食べ尽くしてもらった方が、清々する。
だって、彼氏の為に…あ、今はもう、元カレか。
その元カレを想って頼んだものなんだから。
下手に残してしまったら、私の中でも未練タラタラ残っちゃいそうだし。
それに、なんというのか…
このクールイケメン配達員の彼に元カレのことを話して、会話の掛け合いしているうちに、さっきまで感じていた空虚感が少しずつ薄れてきた気がする。
気持ちを切り替えるように、持っていた箸でビシッと自分の食べたいものを指し示した。
「その翡翠餃子と杏仁豆腐は残して!それ以外は、食べて良し」
「では、遠慮なく」
そう言うと、彼は本当に遠慮なく箸をつけ始めた。
私も完全に冷めないうちにと、翡翠餃子に手を付ける。
「はふ…やっぱり、おひしひ~!」
中に包み込まれている具と共に、旨味をふんだんに含んだ汁が口の中一杯に広がる。
配達時間もあるのに、まるで、お店で食べているような感覚。
あ…そうか。
できるだけ早く、って配達してくれたからなんだよね。
そういえば、私が想像していたよりも、ずっと、早くに到着してくれたんだった。
「ぅんぐ…はふぅ…ありがとう…」
「何がですか?」
「こんな出来立てのうちに届けてくれたこと」
「それが仕事ですから」
「うん、でも、やっぱり、ありがとう。話を聞いてくれたことも」
「タダ飯を頂いていますから」
「確かに」
ぷぷっと、私の口から笑い声が零れた。
あぁ、なんだか、とんでもない公園ランチになっちゃった。
でも。
零れた笑いが、心の中にあった哀しさを少しづつ外に出していってくれているようで。
心が少し軽くなった。
自然と箸が次の翡翠餃子を捉える。
「う~~ん、やっぱり、美味しいなぁ…昔っから、大好きなんだよね、翡翠餃子」
「そうなんですか」
「うん、うちのお母さんの唯一の得意料理でね~。学校の行事ごと、ほら、運動会とか遠足とか、そういった時に絶対お弁当に入ってたんだよね。普通、入れないよね、翡翠餃子!」
「…まぁ、確かに」
「あ、そうだ…思い出した。あれはねぇ、小学校の3年生だったかな~、いや、引っ越しする前だったから4年生だったかな~。ま、どっちでもいいけど、その時の運動会のお弁当も、やっぱり翡翠餃子が入ってたんだけど」
「はい」
「その時のお弁当、見事に翡翠餃子一色だったわけ。おむすびと翡翠餃子だけのお弁当って、どんだけ?って感じでしょ。私も蓋開けてドン引きだよ。でもね、それはさ、私が初めてリレー選手に選ばれたから、お母さんの唯一の得意料理、私の大好物の翡翠餃子でパワー付けさせたかったんだよね。でも、そんなこと、気付かないし」
「それで?」
「周りの子たちのお弁当は色とりどり、唐揚げやウインナーやピーマンの肉詰めだとか卵焼きだとかミニトマトのピンチョスみたいなのとか…、それ見てたら、とにかく恥ずかしいような悔しいような情けないような…恥ずかしいけど、思わず泣いたよね」
「ふーん…」
「そんな私を見て、お母さんはオロオロしちゃうし、翡翠餃子、食べたくないわけじゃないんだけど口に入れられなくて。そしたら、いきなり私の目の前に腕がニョキって伸びてきて」
「へぇ…」
「おんなじクラスの男子だったんだけどね、それ。その子が勝手に人んちのお弁当箱に箸を伸ばして翡翠餃子を取ったんだよ!あれは、衝撃だったなぁ…、うんうん、そうそう…ハッキリ思い出してきた」
「…衝撃、ねぇ。娘の為に良かれと思って作った弁当を前にして泣かれたお母さんの方が気の毒だけど」
「それは、そうなんだけどね。でも、後でお母さんにはちゃんと謝ったし!」
「それはそれは」
「とにかく、その男子が私とお母さんが呆気にとられている間にパクッって翡翠餃子を食べちゃって。で、『旨いじゃん』って。それから、次から次へと翡翠餃子に手を伸ばして食べるから、このままじゃ食べ尽くされるって思って必死で翡翠餃子を死守しながら食べたんだから」
「ふーん、なるほど」
昔を思い出しているうちに、顔が翡翠餃子と彼から離れて上向いていた。
「…今から思えば、あれってワザとだったのかもね。あの男子、あ~、名前…なんてったかなぁ…」
「…さぁ」
宅配員の彼が、箸をおさめ空を見ながら相槌を打つ。
「ご馳走様でした。話も終わったようなので、帰ります」
私が宙を見つめながら昔話の余韻に浸っている隣で、スクっと彼が立ち上がった。
【その5に続く】
最初のコメントを投稿しよう!