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Food chain その5
「え?もう、全部、食べちゃったの?早いなぁ」
彼の声に上向いていた顔を彼の方に向ける。
そんな僅かな間の内に、彼の手はサッサと食べ終えられた幾つもの容器を纏めていた。
「出たゴミ容器、全部もらっていきます」
「うそ、いいの?結構、大量ですけど?」
「うちのマンションのごみ収集所、いつでも出せるんで」
「あ~私はワンルームだから、そうしてもらえると凄く助かるんですけど…ゴミ持ちながらだと、次の配達に影響出ません?」
「タダ飯のお礼ですから、大丈夫です」
そう言って、彼は全てのゴミを持ち帰ろうと思ってくれたのか、私の横でじっと食べ終わるのを待っているらしい。
私が最後の杏仁豆腐に口を付けていたからだろう。
待たせてるのが分かっていて、ゆっくりと悠長に構えて杏仁豆腐を食べるのも…と思って、味わうよりも慌てて口の中に放り込む。
「ぅんぐっ、ぐほっ!」
急いで口に入れたせいで、酷くむせびこんだ。
途端に、背中が摩られた。
「…全く、あん時と一緒。成長してないなぁ」
へ?とむせんで涙目になったまま、反射的に顔を上げた。
「あの運動会の時も焦って無理矢理、翡翠餃子を口いっぱいに頬張って盛大にむせてたじゃん、田中 翼?」
「!!」
驚きで目を大きく見開いてしまった。
なに?どいうこと??
「時代劇口調で呼び止められた時から少し引っ掛かってたけど、翡翠餃子のくだりから、もしかして…って話聞いてたら、運動会のところで確信した。おまえ、〇〇小に通ってた田中 翼だろ」
「っうぐっ、って、えっ、なんでっつ??」
「マジかよ。流石に鈍くない?この話の流れから、すぐに分かるって思うんだけど」
「え?え?え?」
「あ~、もう、面倒くさいな。だから、俺なの。その翡翠餃子を食べた奴」
「うそ~~~~!ホントに?えー、え~と…」
思いもよらない展開にパニックしているから、余計に彼の名前を思い出せない。
目の前の彼の眉間の皺が濃くなっていってるのは…気の所為…じゃないようで。
「さっきも、俺の名前忘れてたもんな。ま、そんなに印象にも記憶にも残ってなかったって程度のその他のクラスメート扱いってことで」
「いや、ちょっと、だって、ど忘れすることもあるじゃん!」
「俺は、忘れてなかったけどね」
「記憶力がいいってことなんでしょ!えぇぇ、私のおつむの出来は知れてますから」
「初恋の相手だから、覚えてるんだよ」
「えぇ、どうせ、初恋…って、え?」
私が目をぱちくりさせている間に、彼は手早くベンチに残っていたゴミを集め、デリバリーで使われていたビニールに全て突っ込んだ。
「その杏仁豆腐の容器ぐらいは自分で捨てられるだろ?じゃ」
もう、彼は全てのゴミを持ち帰る気が無くなったようだ。
私が何も言えない間に、纏めたゴミを入れたビニール袋を片手に持って停めていたバイクの方に向かっていく。
…あれ?
このまま、ここでお別れって?
せっかく、再会したのに…?
あまりに淡々と背中を向けて遠ざかっていく姿に、胸の奥がキュゥと小さく軋んだ。
「ちょっと…ちょっと、待ってよ…!」
私の声は聞こえている筈なのに、バイクの元に辿り着いた彼は振り返りもしない。
「待って、って…」
何て名前だった?思い出せ、私…
なんだか湿り気があった名前のような…
運動会とか遠足だとかで雨が降ってたら、お前の所為だ、みたいに言われてたよね…?
バイクの後ろに取り付けてあったボックスにゴミを無造作に入れ込んで、彼はハンドルに手をかける。
【その6に続く】
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