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Food chain その6
あぁ、まずいって…!
もう、行っちゃうって…!!
焦る中で、急に、ある時の映像が鮮明に浮かび上がった。
『せっかく遠足だったのに、雨降って延期になっちゃったじゃん!お前の所為だろ!』
『なんだと?そんなもの関係ないであろう!』
『は?田中は関係ないだろ?【雨宮 空(あめみや そら)】、なんて雨男に決まってるじゃん!』
あ、そうだ…
思い出した…!
「待って…待ってよ!雨宮 空君!!」
エンジンを掛けかけた彼の手が止まる。
私は、慌てて、彼── 雨宮 空君の元に走り寄る。
雨宮 空君が被っていたヘルメットをゆっくりと脱いだ。
「やっと、思い出したんだ?」
「うん、思い出した」
「雨男の雨宮 空ってね」
「そうだったよね…すっごい、言いがかりだったけど」
「田中は俺のこと庇ってくれてて」
「うんうん、そうだった、そうだった。だって、あんまりにも酷いじゃん。お天気を一人の所為にするなんて」
そうなのだ…
あの頃、私は時代劇好きの父親の影響で昔の時代劇を専門チャンネルでよく観ていて。
あの勧善懲悪なストーリーと主人公のヒーローっぷりに感化、いや、洗脳に近いぐらいの状態だった。
だから、随分と理不尽な言い掛かりをつける同級生は悪役にしか見えず、主人公のお奉行さま気分で、そんな啖呵をきったりすることも しばしば だった。
「今でも、はっきり覚えてる…田中が言ってくれたこと」
「え?なんか、言った?私?」
「…そんなもんだな。言った本人、全然、覚えてないっていう」
「え~~??すっごく気になる、何?何って言ったの、私?」
「思い出せば?自力で」
「意地悪言わないで~、教えてよ」
「ヤだね」
「ケチ~~!」
追いすがる私に冷たく一瞥くれて、雨宮 空君は再びヘルメットを被る。
そして、エンジンを掛けようとハンドルに手を掛けた。
「うそ!ちょっと、待って!」
折角、名前を思い出したのに、これで『はい、さよなら』って寂しくない?
明らかにガッカリ顔になった私をチラリと横目で見て小さく「はぁ…」と息を吐くと、胸ポケットから小さなメモ帳を出したかと思うや、ペンでサラサラと何かを書きつける。
「もしも、思い出せたら、ここに連絡してきてもいい」
雨宮 空君から、ヒラリとその小さな紙を手渡された。
「じゃ」
それに何が書いてあるのかを確かめる間もないうちに、雨宮 空君はバイクで走り去ってしまった。
あっという間に小さくなっていく彼の後姿を睨め付ける。
「そんなに焦らさなくてもいいじゃん。減るもんでなし…」
ブツクサ言いながら、座っていたベンチに戻る。
ドサリと勢いよく腰を下ろすと、ベンチに置いてあった杏仁豆腐が小さく飛び上がる。
「あわわっ!あぶないあぶない」
そぉっと、杏仁豆腐の入ったカップを取り上げる。
右手には、今さっき もらったばかりの紙きれ。
「…ま、連絡先、くれただけでも良しとするか」
それにしても…
なんて、言ったんだろう?私?
ぼんやりと、頭を上向ける。
一時間ほど前には空にいた筈の沢山の子羊たちの群れは、いつの間にかいなくなっていた。
【その7に続く】
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