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ひこうき雲 その3
「…ちょっと、待って」
気付くと、彼の声が頭上から降ってきた。
見上げると、そこには、青空をバックにした彼の真正面の顔。
「え?あわっ…!」
焦って、傾いていた身体を真っすぐに立て直す。
そして、気付く。
背中に感じていたのは、彼の胸の硬さ。
「え?あの?えっと?ごめんなさい!」
「どうして謝るの?」
背中に当たっていた胸からは離れたけれど、依然、右腕に感じている圧は変わらない。
彼の右手は、今も私の腕を捉えたままだ。
「君は何も悪くないし、むしろ、謝るのは俺の方だ。いきなり、笑ってしまったんだから」
「あ、いや…でも、何か私がおかしなことを…」
「何もおかしなことなんてしてないよ…あ、いや、少しはあったか」
「何ですか?それって?」
「いや、凄い勢いで顔色と表情がクルクル変わっていくのが面白くて。ごめん、それで笑ってしまった」
そんなに心の動揺が顔色にも表情にも如実に反映されていたとは…!
「…っくっ!」
彼がまた、笑い始めた。
「な、何か?」
「…っく…ごめん…君の目があんまりにも真ん丸に開いたもんだから」
そ、そんなに?!
私の両手は慌てて自分の顔を覆い隠す…と、しようとしたのだけれど、それは素早く彼の手によって阻止された。
「隠さないで。折角、可愛いんだから」
「可愛い?!!」
一体、何を口走るのだろう、この人は。
入社してこの方、いや、それ以前の学生時代から愛想のない人間だと さんざん言われてきた私に対して。
「ぷ…くくく…そんなに盛大に素直に驚いた顔をされると、もっと、困らせたくなっちゃうね」
…あぁ、そうか。
ようは、からかわれてるんだ。
それはそうだ、当然だ。
同期だけでなく会社全体でも、綺麗どころも可愛い子も沢山いて、この人は そんな彼女たちを毎日目にしているんだから、こんな軽口を叩いて からかってみるのもちょっとした余興のようなものだったんだろう。
「良く分からないですが、随分と失礼だと思います。不愉快です」
ありがちだ。
顔良し、ルックス良し、でも、中身は最悪っていうパターン。
こんなことなら。
近くで こんな風に話すことなんて、一生なければ良かったのに。
そうすれば、ただ、遠くから眼福と ばかりに見るだけで、ちょっとした喜びを得られていた日常が壊れることもなかったのに。
ただただ、今は腹立たしい。
彼に対して、そして、何よりも
そんな彼に憧れを抱いていた…自分に対して。
【その4に続く】
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