ひこうき雲 その5

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ひこうき雲 その5

「…そんなこと、無いと思います」 口調が、なんとなく弱気な感じになってしまう。 これには、どう反応するのが正解なのか分からないから。 「…あ、あれはどこに行く飛行機なのかな」 彼の声で、下に落ちていた視線が、自然と上向く。 そこには、雲もなく、ただただ青空が広がっている中を一機の飛行機が真っすぐに飛んでいる。 隣に立っている彼も同じように空を見上げて飛行機の機影を見ていた。 4955e305-027f-47ba-8886-0c717c9aa7c0 「…ここで君が空を見上げている姿を偶然、見かけてから、もう1年以上になる。それからは、偶に俺もこのテラスに来て、君の死角になる場所から そんな君の姿を見てたんだよな」 「…っ」 見上げていた空から、思わず、空を見上げたままの彼の横顔に視線を向ける。 誰にも見られていない、気付かれていないと思っていたのに。 まさか、この宮本 一生に一年以上、見られていたなんて。 思いもよらない彼の言葉に、翻弄されっぱなしだ。 「ククク…全然、気付いてなかった?それはそれで嬉しいような、ちょっと残念なような。 ま、いずれにせよ、ここでの君も俺が思い描いていた通りのカッコいい姿の君のカテゴリー内だったんだ。 だけど、今日、初めて話しかけてみた君は、そんなカッコいい姿だけじゃなかった」 「……え」 まるで視線を縫い付けられたように彼の横顔を見ていた私の方に、彼がゆっくりと顔を向けた。 「無防備に驚いた表情も、焦る表情も素直に見せてくれて。その落差が、たまらなく可愛いって思ったんだ」 『隠さないで。折角、可愛いんだから』 …あれは。 からかったわけでもなく、悪戯でもなく。 …本気で 『可愛い』と…そう思ったから…? 顔だとか、スタイルだとか、そういった表向きの可愛さではなく、私の反応や姿、表情からそう思ってくれたということ? 「…ねぇ、俺と付き合ってみない?嫌でなければ」 「…は…?」 「俺は、真剣だけど」 「真剣、って。だって、宮本君なら、他にも沢山素敵な人が選び放題でしょ。何も私でなくても」 「さっきからずっと俺が話していたこと、聞いてた? 話したのは今日が初めてだけれど、君のことは ほぼ入社して以来ずっと見てきたんだ。 ただの好奇心や興味だけでなら、そんなに長く見てはいなかった。 自慢のようになるけれど、これまでにも何人もの女子からアプローチされてきた。でも、友達以上の関係になりたいと思えるような相手は一人もいなかったよ」 いつの間にか、彼の顔から笑顔が無くなっていた。 真剣…その言葉通り、強く射すくめるような視線が、私に間断なく注がれていく。 少し前まで感じていた、ハッキリと強く打ち付ける心臓の鼓動が再び戻ってくる。 「…あと、10秒でタイムアップ。3分まで」 私と彼の間で交わされた約束の時間は3分。 拍動が、10、9、8…とカウントダウンを刻む。 彼は、何も言わずに ただジッと私を見つめる。 5…4…3… どうしよう。 どうしたらいい? 焦りと混乱が、思考を堂々巡りさせ、出口のない迷路に迷い込ませる。 …2…1… あぁ、もう、時間が…! …0…! ゼロカウントと共に、どうしたいいのか分からなくなった私は強く目を瞑った。 【その6に続く】
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