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「きみがラディウス215だね?」と彼女は言った。
雪のような長い銀髪にひんやりとした青い瞳。顔つきはあどけなく体つきも小柄だが、表情がないせいか妙に大人びて見える。身軽そうな黒い戦闘服を身にまとい、腰のベルトにはいくつかのポーチとレーザー銃、それに棒状の機械装置をつけていた。
「そうだけど、きみは誰?」
「泥棒だよ」
「泥棒?」
「まあ正確には便利屋だけどね。ある人からの依頼できみのソウルコアを盗みにきた」
「とある人って……」ぼくはハッとした。「まさか……、技術者さん?」
「それは知らない。わたしは依頼主には興味がないからね」
銀髪の少女は話しながらぼくの機内に入り、操縦室に向かって迷いなく歩いた。
そんな彼女にぼくは訴える。
「ダ、ダメだよ!」
「何が?」
「ぼくでさえ技術者さんの仕業だって分かったんだ。ソウルコアを盗まれたのがバレたら技術者さんがどうなってしまうか……!」
「だからそんなこと知らないって。わたしは依頼を遂行するだけだからね」
操縦室に銀髪の少女がやってきた。
冷徹な彼女にぼくは思わず言ってしまう。
「きみは、本当に人間なの……?」
「きみこそ、本当にロボットなのかい?」
その言葉とは裏腹に銀髪の少女は無表情で、何の感情も読み取れなかった。
ただ、依頼を遂行するという意思だけが、感じられた。
「何か手はないの? 技術者さんを助ける方法は……?」ぼくは振り絞るように言った。
「きみは自分の命が危ういというのに、そんなに他人が心配なんだね」
「そうだよ。何か悪い?」
「別に。善意で動く人間がいることくらい知っている。おっと、きみは人間じゃなかったね」
それから銀髪の少女は「ふむ……」と言って話を続けた。
「まあ、助ける方法はなくはないよ」
「じゃあ……!」
「だけど今回の依頼には含まれていないし、リスクが高くて報酬にも見合っていない」
「だったら……、だったらぼくがきみに依頼するよ。報酬はすぐには用意できないけれど……、助けてくれたら何でもする。だから、お願いだ!」
「きみのほうからそんなことを言ってくるとはね。こんなにお人好しだとは思わなかったよ」
銀髪の少女は口元に怪しげな笑みを作って言った。
初めて見る表情らしい表情だった。
「いいよ、やってあげる。ただし、きみにも協力してもらう」
「ぼくが協力? いったい何を?」
「決まっているじゃないか。宇宙船の仕事は、空を飛ぶことだ」
「えっ……。でも、ぼくは……」
「1時間で戻るからエンジンを温めておいてくれ」
「ちょ、ちょっと!」
呼び止めるぼくを無視して銀髪の少女は操縦室をあとにし、機内から出た。
そしてドッグからもあっという間に姿を消してしまった。
それから1時間弱が経過した。
ぼくのいるドッグは、ずっと静かなままだった。
銀髪の少女はまだ戻ってこない。
いったい何をするつもりなのだろう。
その時、工場に警報が鳴り響いた。
まさか彼女が何かしたのか?
彼女の言葉を思い出して、ぼくは慌ててエンジンを始動した。
その数分後、銀髪の少女は通路を走ってドッグに戻ってきた。
彼女は右手に光剣、左手にレーザー銃を持ち、背後から銃撃を受けていた。
彼女はドッグに入るとすぐに脇の開閉ボタンを押し、通路の扉を閉めた。
分厚い扉がゆっくりと閉じていく。
そのあいだ彼女は扉の前に立ち、通路に向かってレーザー銃を撃った。
どうやら追っ手がドッグ内に入らないように牽制しているようだった。
しかし、追っ手だって黙ってやられるわけじゃない。
通路の奥からもレーザー銃が放たれ、銃撃戦になる。
向こうのほうが数が多いらしく、銀髪の少女に無数の光弾が降り注いだ。
その攻撃を光剣で弾き飛ばしながら、彼女はレーザー銃を撃ち続けた。
銃を撃つために伸ばしている左腕を右手の光剣で切り落としてしまわないか、ぼくはハラハラしながら見ていた。
しかし彼女は正確無比に光剣を振るい、時には左腕のほうを動かして光剣を避け、二つの武器を同時に操った。
やがて扉が閉まり切ると、彼女は開閉ボタンのあたりを光剣で突き刺した。
扉が開かないように壊したらしい。
機械がショートし、バチバチと音が鳴る。
それから銀髪の少女は光剣とレーザー銃を腰に収め、ぼくのもとに走った。
そして彼女は、操縦室に戻ってきた。
「ただいま」
銀髪の少女は操縦室に入ってくるなり席に座り、計器を確かめたりパネルを操作したりして発進の準備を始めた。
彼女は今まで戦闘をしていたというのに涼しい顔をしていた。
「いったい何がどうなっているの?」
ぼくが訊ねると、銀髪の少女は腰のポーチから携帯記憶装置を取り出して言った。
「違法行為がたっぷりと記録されている機密データを盗んだ。これを銀河警察に渡せばこの工場は終わり。その技術者さんって人も助かるだろう」
「そ、そんなことを……」
機密データを盗んでいることがバレて警報が鳴り響き、工場関係者に追われていたということか。
「あとはきみに乗ってこの星を脱出するだけだ」と銀髪の少女は言った。
「それがダメなんだよ。ぼくは飛べないんだ」
「いいや、きみは飛べる。イメージの問題だ」
「イメージって、そんなことで……」
その時、別の通路から武装した人たちが現れた。
その中には顔に傷のある男もいて、彼は周囲に命令をした。
「宇宙船で逃げる気だ。殺してでも阻止しろ!」
「言い争っている暇はないみたいだよ」
銀髪の少女がロックを解除し、操縦桿のトリガーを引いた。
ぼくに装備されていたレーザーキャノンが光線を放ち、宇宙船を出入りさせるためのドッグの巨大な扉が吹き飛んだ。
ぼくが通れるだけの通路ができ、外から光が差し込む。
「行くよ」
銀髪の少女はぼくを浮上させ、外に向けて急発進させた。
顔に傷のある男が叫んでいるのが見えた。
何を言っているのかは、分からなかった。
外に出てすぐ銀髪の少女は機体を起こし、ぼくを上空へと舞い上がらせた。
このままこの星から脱出しようという考えらしい。
しかし――。
ぼくはテスト飛行の時と同じようにバランスを崩し始めた。
機体は重力を無視して曲がり、回転し、加速や減速、上昇や下降を繰り返した。
「やっぱりダメだ!」
「なるほど、これはじゃじゃ馬だ」
ぼくに備えられた重力調和システムが高性能でよかった。
でなければ機内にいる彼女は、洗濯機に放り込まれた衣類のようにもみくちゃになっていただろう。
銀髪の少女は操縦桿を上下左右に動かし、なんとか機体のバランスを保とうとした。
彼女の運転技術は、恐らく相当高い。
だけど、それでも――。
「このままじゃ墜落しちゃうよ!」
「……きみは自分のことを人間だと思っているそうだね」
「こんな時に何!?」
「いいから聞け。これはイメージの問題なんだ。きみは自分の機体を人間としてイメージしてしまっている。だから齟齬が発生してうまく飛べないんだ」
「自分を宇宙船だとちゃんと認識しろって、そういう話!?」
「いや、逆だ。むしろ自分を人間だと思え。そのうえで別の回路を作る」
「別の回路?」
「直接操作ができないのであれば、人間として操縦席に座って宇宙船を運転してやればいい。そのイメージを形成しろ。操縦桿を握れ。何ならもっと分かりやすく、コントローラーを握ってゲームをしているとでも思えばいい。そうやって人間である自分と機体との回路ができれば、宇宙船は思い通りに動くはずだ」
「わ、分かったよ。いや、分からないけど、とにかくやってみる……!」
ぼくは、ぼくをイメージした。
黒い髪に茶色い瞳を持つ、幼い顔した男の子。やせ細っていて小さく、体が弱くて病気がちだ。だから外にはあまり出ないで、家で本を読んだりゲームをしたりして過ごすことが多い。
記憶とイメージが混ざり合う。
何か、見えてきた。
熱を出して学校を休んだ日、ちゃんと寝ていなさいと言われていたのに、ぼくは起きてゲームをしていた。ぼくはゲームが大好きだった。指を動かすだけでどこへだって行ける。走り回って冒険することも、剣でモンスターを倒すこともできる。もちろん空を飛ぶことだって。熱で少しぼんやりとした状態で、ぼくはゲームのスイッチを入れた。今日は何をしよう。そうだ、宇宙船で宇宙を駆け巡ろう。コントローラーを手に取り、数あるタイトルの中からぼくはゲームを選択する。『スターシップの冒険』。タイトル画面が表示されて、ぼくはスタートボタンを押した。ぼくの指先、コントローラーのボタン、駆け巡る宇宙船。神経が繋がり、ぼくのゲームが始まった。
宇宙船を操り、ぼくは飛ぶ。
「いいね。だいぶ安定してきた」
と銀髪の少女が言った。
「このまま一気に、この星から脱出するよ!」
眩しかった世界に静寂が訪れた。
星の重力を振り切って、ぼくたちは宇宙に飛び立った。
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