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関わらないでいただきたい
「貴方が卒業したら、結婚式やりましょっ」
きゅぴんっ!
その命令は、アイドルばりの完璧なウインクと共に飛んできた。
蓮見はたっぷりと間を置いて、
「は?」
「みやさんとぉ、式を挙げるのぉ。わかっていたことでしょお?」
だだ広い座卓を挟んで相対しているのは、女である。
蓮見と同じ薄茶色の髪を持ち、垂れた瞳は濃い茶色。一見して、二十代前半ほどの女性だ。みやよりも軽薄そうな仕草で、身長は低い。
だが蓮見の母親、御年三十六歳である。これぞ如月家の秘術かと誰もが一度は考えるほどの若々しさを保った彼女は、如月家の現当主だ。
彼女は蓮見に無茶なお願い事をしてくる。その声は若く、けれど強く、当事者である蓮見本人も知らない予定をここぞとばかりに知らせてくる。
どうしてこうなったのだろう。
定期的な近況報告をしに来ただけなのに、こんな爆弾を投下されるなんて。泥酔したサラリーマンの寝言の方がまだ脈絡がある。
「予定では、みやが卒業してからと……。一年も早まるなんて、聞いておりません」
あと、そういう重要な話をするなら前置きがあってほしい。――というお願いは、そっと心にしまっておく。
「たった一年の差でしょぉ? こーゆーのはねぇ、早い方がいいのぉ。そぉねぇ、んー……、必ず卒業しなきゃ死ぬわけでもないしぃ、どーせ家で囲うことになる女に、学が必要とも思えないわぁ。そーよ、なんなら今すぐ退学させて、」
「いつの時代の話ですか。家にいるにしたって、学が有るのと無いのではまた違うでしょう。彼女は読書も好みますし、近頃は学校の図書室にも通っていると聞きます。好奇心だって、」
「好奇心なんてぇ、如月家では毒でしょぉ?」
「母さん」
「やーっ! 母上って呼んでっ」
「………………………母上」
この広い和室には、一組の母子しかいない。使用人は全員が下がり、母子のどちらかが手を叩けば反応できるよう、襖と障子の外にきちっと構えていた。
母子は、そんな環境にも慣れている。
「もぉ花嫁衣装や招待状だって作ってるしぃ、献立から扱う食材の選定も始まってるしぃ、もう決まったことよぉ。諦めなさぁい?」
「しかし……」
渋る蓮見に、
「嫌じゃ、ないんでしょお?」
にやん、と嫌な笑みが向けられる。
よく笑う母親。
蓮見は己のことながら、この母の血をよく継いでいると思う。それにしたって、自分はここまで嫌な笑顔はしないだろうけれど。苦虫を五百匹ほど噛み潰した顔で、蓮見は母親の言葉を認める。
――嫌じゃない。
認めなければ嘘だ。
彼女と一緒になれるのは、嬉しいに決まっている。
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