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「俺としても、婚姻は喜ばしいことではありますが……、せめて彼女の意思を聞いてからでも良いでしょう」
「みやさんは蓮見に従うでしょ。その蓮見が決めてあげないと、あの子も決められないわよぉ」
つまりは、ここでの決定が、みやの決定になる。
それなら最初から、彼女に意見など聞く方が無駄だと母親は言う。一応は訊ねておくだけでも、印象は違うと思うのだけれど。
学生結婚。
みやがそれを聞いたら、どう思うだろう。
蓮見は母親から目線を逸らし、
「……わかりました。みやには、俺から言っておきます」
はあ、と深い溜息を吐いた時。
「……、」
蓮見が、不自然に障子の方を見る。向こうにあるのは庭と、使用人の二人だ。物音がしたわけでもない。けれど蓮見は、外が気になった。そのずうっと遠くに、何かがある気がして。
母親は不思議には思わず「行っていーよぉ?」と許可を出した。
それは如月家の血を継ぐものなら覚えのある、直感だった。
こういう時も、やはり母子なのだなと、蓮見は自覚する。
*
冷たい風が吹きついて、みやと奏多は肩を竦めた。
「……うっ」
「さっむぅ……い……っ!」
みやは純白の制服に黒いタイツを履いて、指定の黒いコートを着ていた。奏多はまだカーディガンで過ごしているが、「もー……そろそろコート解禁かなぁ」と呟いた。
十一月下旬の、午後四時半。
近頃、急激に寒くなった。
「日が落ちる速度について行けてないよー。もう六時なんじゃないかって思うよね」
「ええ……。食事の準備も、つい焦ってしまいます」
「あーそっか、毎日大変だよねぇ。たまには外食とかしちゃダメなの?」
「蓮見さまが許せば」
「だよねえ。もー、みやちゃんだなぁ」
あははははは。何がおかしくなくても笑える、多感な奏多である。
みやも釣られてくすくす笑い、二人並んで歩いていた。
「そだそだっ! ねえ、コロッケ食べないっ?」
「コロッケ? 今から作るとなると……」
「じゃなくてさ、ショッピングセンターの中に美味しい揚げ物屋さんがあるの知ってる? 基本定食のレストランなんだけど、一個からテイクアウトもいけるって。美味しいんだってさ」
「……なるほど、買い食い」
「それそれ」
食事は座って行うものである。
という常識で生きてきたみやは、この奏多に出会ってから「買い食い」を教わった。以前にもショッピングセンター内のマドレーヌを購入したことがある。
歩きながら食べ物をつまむという、ちょっとお行儀の悪い行為を、みやは気に入っている。
「じゃあ、一個だけ」
「おけおけっ! 行こ!」
このまま真っ直ぐに行けば帰路だが、左に曲がってしまう。と、絲倉町内で特に主要な大通りに出る。道なりにいけば、目的地まではさほどかからない。
「寄り道、ちょっとは慣れた?」「ええ、少しは」「あの人に怒られたりしない?」「心配はされますが、遅くならなければいいみたいで」「ふうん? なんか言われたら言ってね。だいたいはわたしが誘ってるんだし」奏多は如月蓮見と初めて会話をしてから、許嫁に過保護で少し偏屈な外面の良い腹黒男と思っているらしい。
「じゃあ何かあれば、遠慮なく奏多さんの名前を出しますね」
二人は、無事にショッピングセンター三階のフードコートでコロッケを入手した。本屋にも寄ってしばらく過ごし、外に出る。
ショッピングセンター入口前の、広場にて。
「おい」
声をかけられた気がする。
小さな男性の声だ。
みやは気のせいだろうと思った。ここは人通りも多いから、別のグループだろう。知り合いの声でもなかった。
気にせずに奏多と会話を続け、歩いて、
「おいッ!」
肩を強く引かれた。
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