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「お前だお前っ!」
「ぇ……?」
あえなく後ろに転びそうになったけれど、奏多が慌てて腕を引いて止めてくれた。
振り向くと、そこにはくたびれたスーツの中年男性が立っている。目の周囲に深い隈が染みついていて、髭もまばらに生えている。深い疲労が見えた。
奏多を見ても、「知らない」と首を振る。
もちろんみやも、こんな男性を知らない。
「あの、なんですか……?」
「なんですかじゃねェんだよっ! このっ、小娘!」
奏多が不穏なトーンで呟く。「えー、小娘って本当に言う人いたんだ」
自分の肩に、知らない男性が触れている。それだけで、みやの背筋がぞわりとした。これまでこの体に触れる男性といえば、医者と許嫁だけだった。
「ちょっ、セクハラー! ガチにやばいからさそれ、みやちゃん放してよ。けーさつ呼ぶよ!」
奏多が男性の腕をぐいぐい引っ張って言うけれど、
「人が何度も呼んでんだろ! 返事ぐらいしたらどうなんだ!」
「き、気付かなかったのは、申し訳ないと……」
男性は、みやしか目に入っていない。
狂気的ともいえないけれど、正気でもない。何かに焦り、苛立っている。
ショッピングセンター前の通行人は、みやたちをちらりと目に入れて通り過ぎた。何人かは足を止めて、遠巻きに見ている。
「えっと、私が何か致しましたでしょうか……?」
「依頼がある。如月家に取り次いでくれ」
みやは、内心「なんだ」と安心した。自分が彼に何かをしたわけではないようだ。
如月家の関係者である以上、こういった事態を想定した対応がある。
「そういうことでしたら、如月家の本邸に直接お話しください。私は彼らの立ち合いや許可がなければ、依頼者様の対応を許されておりません。ご依頼用の電話番号ならお教えしますので、」
何かメモを取れるものを――と続けようとした途端、
「それができねェから! わざわざ! てめェに言ってんだよ!」
突き飛ばされた。周囲から非難の声が上がったけれど、男性は止まらない。見るからに弱い彼女に、己の苛立ちを押し付けようとする。
男性の鞄が大きく振られて、
「ひっ……」
みやの顔に叩き付けられた。
男性にとっては、少しの威圧だった。
だが不運なことに、鞄についていたキーチェーンが、みやの右目に当たってしまった。彼女は衝撃でその場に座り込み、片眼を両手で覆う。
「っみやちゃん!」
すべてを見ていた奏多は両者の間に割入って、みやの前に膝を着く。
「いっ……、う」
「大丈夫? じゃないよね? どうしよ、病院、救急車? どうしよ、ええっと」
おろおろとする奏多が、とりあえず警察に通報した。立派な傷害事件だ。問答無用だ。慈悲などない。
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