第11話

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第11話

文化祭    木下 流里  最初は、文化祭で劇をやるなんて反対だった。  準備が大変だと思ったからだ。  だけど、終わって見るとすごく楽しかった。  多分、今年の文化祭のことは一生忘れないと思う。 ------------------------------------------  ワタシたちのクラスの劇は大成功だったと思う。  大きなミスもなく、最後まで演じ切ることができた。幕が下りると、客席から盛大な拍手が贈られた。  クラスメートたちも達成感に満ちた笑顔を浮かべている。使ったセット類は準備用に当てられた空き教室に戻し、出演者陣も教室に戻って制服に着替えた。  みんな口々に互いを激励し、最後に総監督の「お疲れ様」の言葉で解散となった。それぞれが今度は心から羽を伸ばして他のクラスの出し物や展示を見るために散り散りになる。  ただ、いずちゃんだけは思いつめた顔をしていた。 「えっと、いずちゃん?」  ワタシが声を掛けると、いずちゃんはビクッと体を震わせる。そして、下唇を噛んで俯いてしまった。まるで、叱られるのを待つ子どものようだ。  舞台が終わり教室に戻ったとき、栗山さんはいずちゃんに駆け寄って「ばっちり、完璧だったよ!」と絶賛した。  顔を近付けることができなくて何度も「キスをしているように見えない」と注意を受けていた、見せ場のキスシーンが大成功したからだ。  きっと客席からはちゃんとキスをしているように見えたはずだ。だって、本当にキスをしていたのだから。  とはいえ、本当にキスをしたと気付いている人はいないようだった。それがわかっているのは、おそらくワタシといずちゃんの二人だけだ。 「準備用の教室なら、誰もいないだろうから、そこでちょっと話す?」  ワタシが言うと、いずちゃんは俯いたままコクリと頷いた。  ワタシといずちゃんは準備に使っていた教室に移動する。予想した通り、他に人の姿はなかった。  先ほどまでステージの上で光を浴びていたセットが無造作に放置されていて、なんだかもの悲しく感じる。  ワタシは、教室の中程におかれていた机の上にお行儀悪く腰を掛けると後ろからついてきていたいずちゃんを見た。いずちゃんは教室の入口の近くで足を止めて立ち尽くしている。スカートの端を握って俯いている姿は、叱られている子どものようだ。他の人が見たら、ワタシがいじめているように見えてしまうかもしれない。 「えっと……舞台でのアレは事故みたいなものだし、気にしなくていいよ」  ワタシはできるだけ軽い口調で言う。  舞台が大成功したのに、いずちゃんがこうして俯いている原因はあのキスシーンしか思い付かない。  以前、いずちゃんとファーストキスの話をした。  大切なファーストキスをお芝居でしてしまったことはショックだっただろうし、ワタシに対しても申し訳ないと思っているのだろう。  ワタシが気にしていないことを伝えたら、少しは気が楽になるかと思っていたけれど、いずちゃんはやっぱり俯いたままだ。  だからワタシはさらに言葉を重ねた。 「お芝居なんだし、ノーカンでいいんじゃないかな?」 「それは嫌」  ようやくいずちゃんが口を開いたけれど、それは予想外の返事だった。 「え?」 「ごめんなさい」 「あ、いや、ワタシは平気だから気にしなくても……」  ファーストキスは好きな人と素敵なシチュエーションでとできれば最高だと思うけれど、今回のお芝居だって良い思い出になると思う。 「違うの……」 「違う?」  どうやらワタシは何か勘違いをしていたようだ。ワタシは黙っていずちゃんの次の言葉をまった。 「わざとしたの……」 「え?」 「私……流里ちゃんのことが好き。だからキスした……。ずるいよね……ごめんなさい」  いずちゃんは小さく震えて、涙を堪えているようだった。  ワタシはいずちゃんの言葉の意味を理解しようと頭をフル回転させたけど、予想外過ぎて処理が追いつかない。 「えっと……え? ワタシのことが、好き、なの?」  何とか言葉をひねり出す。 「流里ちゃんに好きな人がいるのは知ってるけど……。知ってるのに……ごめんなさい」  いずちゃんの言葉にドキッとした。  隠していたつもりだったけれど、志藤先生のことを気付かれていたみたいだ。いつ、どこで知られてしまったのだろう。心臓ばバクバクと踊り出した。 「流里ちゃん、鍋島先生のことが好きなんだよね?」 「へ?」  またまた予想外の言葉に、多分私はすごく間抜けな顔を祖手しまったと思う。 「体育祭にも来てたし、この間は教室まで……今日も仲良さそうだったから……」  端からそんな風に見えていたなんて嫌だなぁ……なんて思ったら、急に冷静になれた。これも鍋島先生のおかげということなのだろうか。  冷静になったら、いずちゃんが体育祭で「好きな人にいいところを見せたい」と言っていたことを思い出した。もしかして、それはワタシのことだったのだろうか。  そんなことを考えている間にもいずちゃんの話は続く。 「今日、鍋島先生と仲良くしているのを見て……ワタシ、嫉妬したの。だからお芝居のとき、自分の気持ちが抑えられなくて……。本当にごめんなさい」  いずちゃんはそう言うと深々と頭を下げてそのまま動かなくなった。  こんなことははじめてて、どんな言葉を返せばいいのかわからない。ただ、いずちゃんを傷つけたくないと思った。  きっとすごく後悔してて、すごく勇気を出して話してくれたと思う。  もしもワタシの好きな人がいずちゃんだったとしたら、ワタシは大切な友だちを傷付けずにいられる。でも、ワタシが好きな人はいずちゃんじゃない。だから、どんな言葉であってもきっといずちゃんを傷付けてしまうのだろう。それがすごく悲しかった。  それでもワタシがいずちゃんにできる精一杯のことは、嘘をつかず正直に気持ちを伝えることだけだと思う。 「うん。もう謝らなくていいよ。ワタシ、全然嫌な気持ちになってないから。ワタシのことを好きだって言ってくれるのは嬉しいといよ。ワタシもいずちゃんのことが好きだけど……でも、ワタシは友だちとしての好きで……。ワタシ、好きな人がいる。それはイズチャンじゃない。だから、ごめん」  顔を上げてワタシを見ていたいずちゃんは、泣きそうな顔で微笑んで、小さく顔を横に振った。 「流里ちゃんに好きな人がいるのは分かってたし……。だから、本当は打ち明けるつもりもなかったの……。だから、謝らないで」 「うん……」 「流里ちゃんの好きな人って、やっぱり鍋島先生?」 「違う! それは違うよ!」  ワタシは思わず大きな声で否定してしまったてから、逆に誤魔化しているみたいじゃないかと思ったけれど、出してしまった言葉は取り返しがつかない。 「そうなの?」 「うん。鍋島先生は……ワタシの叔母さんのお友だちみたいな漢字だから、ちょっと色々話す機会があるってだけだよ」  いずちゃんには申し訳ないけれど、全部を話すことはできない。ただ、完全に嘘でもないとおもうから、これくらいで勘弁してもらおう。 「叔母さんの友だち……そっか」 「うん。……あのね、いずちゃんの気持ちは本当に嬉しいよ。それは本当。だけど、ワタシには好きな人がいる……。その人にはフラれるかもしれないけど、ワタシはワタシが好きな気持ちに嘘をつかないって決めたんだ」 「そっか、そうだよね。やっぱり、流里ちゃんの言うおり、あのお芝居のはノーカンにしよう」  いずちゃんのこの言葉は、多分、さっきワタシが提案した「お芝居なんだし、ノーカンでいいんじゃないかな?」を指しているのだろう。  だけど、あれを言ったときと今は違う。 「なかったことになんてしないよ。あれはワタシのファーストキスだよ。それは一生変わらない。いつか大人になって、ファーストキスの思い出を話すことがあったら、眠り姫のお芝居でいずちゃんとって話すよ。大切なファーストキスだから、絶対に大事にする」  いずちゃんの瞳から、ずっと堪えていたであろう涙がぼれた。  ワタシは机から降りて、いずちゃんをギュッと抱きしめる。 「ワタシのこと、好きになってくれてありがとう。……これからも友だちでいてくれる?」  ワタシのお願いは、いずちゃんにとって残酷なものなのかもしれない。だけどワタシはいずちゃんと友だちでいたかった。  いずちゃんが本当はどう考えているのか分からなかったけれど、ワタシの腕の中でしっかりと頷いてくれて、ワタシはホッとした。  それから少しして、いずちゃんは一人で教室を出て行った。  友だちでいてくれることには頷いてくれたいずちゃんだったけれど、今日だけは一人になりたいと言ったからだ。ワタシにそれを引き止めることはできなかった。  お芝居の後もいずちゃんと一緒に文化祭を見ようと約束をしていたから、ワタシはひとりぼっちになってしまった。  とりあえず教室を出て目的地も決めずに適当に歩き回る。  中庭に行けば何かやっているだろうと思ったのだけど、空き時間なのか、何の催しもやっていなかった。  ひとりで回る文化祭は楽しくない。とりあえずその辺りでうろちょろしていそうなすみちゃんでも探そうかと思っていたとき、志藤先生が通りかかった。 「あら、木下さん、ひとりなの?」 「はい……先生こそ、鍋島先生一緒じゃなかったんですか?」 「鍋島先生は今、脇山先生と一緒だよ。鍋島先生に何か用事だった?」 「いえ、あの人には全く何の用事もありませんっ」  そこだけははっきりと宣言しておく。 「そうなの? 宇津木さんとは一緒じゃないのね」  志藤先生の言葉にワタシはちょっと苦笑いを浮かべてしまった。最近はいずちゃんと一緒に行動することが多かったから、ワタシが一人でいるのが不自然に見えるのかもしれない。  そんなワタシの様子を見て、志藤先生はワタシといずちゃんが喧嘩をしたとでも思ったのか、眉尻を下げて首を傾げると「少し座ってお話する?」と聞いた。志藤先生が心配しているようなことはないのだけれど、ワタシはその言葉に甘えることにした。  志藤先生に誘導されて、ワタシたちは中庭の奥にある小さな噴水のヘリに腰を掛けた。  だけどどちらも話しはじめることをせず、ただ沈黙の時間が流れた。  この時間に耐えきれなくなって言葉を発したのは志藤先生の方だった。 「あーーー……、そうだ、お芝居見たよ。すごく上手にできてたね」 「ありがとうございます」 「えっと……なかなか斬新な内容で面白かったね」 「栗山さんが脚本をがんばっちゃったんですよ」  ワタシが笑顔を浮かべて言うと、志藤先生もつられるように笑みを見せた。 「この間の練習に行くとき? にも言ったけれど、木下さんのお姫様、すごく似合ってた。かわいかったよ」  それが例えお世辞だったとしても嬉しい。階段から落ちそうになって志藤先生が受け止めてくれたときに感じた香りがフワリと漂った気がして、少し顔が熱くなった。 「あのシーン、びっくりした」 「あのシーン?」 「宇津木さんが木下さんを見つけてキスするシーン。眠り姫の見せ場だよね。本当にキスしてるのかと思っちゃった。すごくうまくできてたよ」  志藤先生が笑顔で言った。それはそうだろう、本当にキスをしていたのだから。もしもそのことを伝えたら、志藤先生はどんな顔をするだろう。  驚くのか、それともたしなめるのか、無反応なのか……。 「してましたよ」 「え?」  本当のことを伝えたのは、志藤先生がどんな反応をするのか知りたかったからだ。そしてそれ以上に、キスシーンを見て当たり前のように褒めてくれた志藤先生に苛立ったからだと思う。 「本当に、キス、してましたから」  ワタシは言葉を句切るようにしてはっきりと伝えた。  志藤先生は時間が止まったようにピタリと動きを止め、瞬きすらせずに数秒間ワタシを見つめた。  そして「えぇっっ!」と叫んで立ち上がる。  驚いた反応なのだろうが、あまりに大きなリアクションにワタシはびっくりしてしまった。 「せ、先生?」 「え? え? そ、それって? え?」  なんだかパニックになっている先生は、ワタシよりも子どものように見える。  中庭にいる人は少なかったけれど、だからこそそんな挙動不審な志藤先生に注目が集まっていた。 「先生、ちょっと落ち着いてください」  ワタシの言葉にようやく我を取り戻し、先生は顔を赤くして大人しくワタシの隣に座った。 「えっと、それで、冗談じゃなくて、本当に……してたの?」  先生が小声で聞く。 「はい」  ワタシがあっさりと答えると、先生は少し考える仕草をした。 「もしかして、木下さんと宇津木さんは、付き合ってる、とか?」  この人は何を言っているんだろうと思ってしまう。ワタシは志藤先生に想いを伝えた。先生はワタシの言葉を受け取ってくれなかったけれど、その意味は伝わっていたと思う。それなのに、どうしてそんな質問ができるのだろう。  ワタシの心には、悲しさよりも怒りが浮かび上がってきた。 「付き合ってませんよ。友だちです」  そう発する言葉に棘があるのを自分でも感じた。 「キスって……大丈夫なの? あ、でも、最近の子は友キスとかもあるのか……」  最近の子って、先生だってそんなに年は変わらないと思う。 「宇津木さんから、告白されました」 「えっ」  再び志藤先生が大きな声で驚き、慌てて両手で自分の口をふさいだ。 「告白されて、キスをしたことを謝られました」  こんなことを他人に言ってしまうのは、いずちゃんに申し訳ないと思う。だけど、ワタシの口は動き続ける。 「だから、ワタシはいずちゃんならいいよって答えました」  志藤先生は自分の口を押えたままという変なポーズでワタシを見つめている。 「確かにファーストキスだったけど、不快じゃなかったし、いずちゃんのことは大好きだから」  志藤先生はようやく口もとから手を離して「それじゃあ……」とつぶやくように言う。  ワタシは志藤先生の言葉をさえぎって続けた。 「だけど、告白は断りました。だって、ワタシは志藤先生のことが好きだから」  志藤先生は目を見開いてワタシを見る。 「いずちゃんは大好きだけど友だちで……。ワタシが恋愛として好きなのは志藤先生だから、断りました」  こんなに早く再告白をするつもりはなかったのに、志藤先生が無神経なことを言うから、つい言葉にしてしまった。  だけどきっとこの告白は間違っていない。  水族館デートのあとの告白のときと志藤先生の表情が違うような気がした。  ワタシの告白を喜び、受け入れようという顔ではないと思う。だけど、拒絶するようにも、誤魔化そうとしているようにも見えなかった。  ワタシの言葉を受け止めたうえで、どう返事をしようか考えてくれていると感じる。 「ワタシは、志藤先生が好きです。冗談でも勘違いでもありません」 「えっと、あの……」 「だけど、返事はいいです。答えられないですよね? だからワタシはこれから何度でも告白します。先生が頷くしかなくなるくらい、何度でも告白します。頷く以外の返事はいりません」  それだけ言うとワタシは立ち上がった。 「それじゃあ、そろそろ行きますね」  ワタシがその場を立ち去ろうとしたとき、志藤先生がワタシの手を引いた。 「少し……時間が、欲しい」  それは予想外の言葉だった。 「今は、本当に、どう答えていいのかわからないから、もう少し待ってもらえますか」  最後の方の言葉は聞き取れないほど小さくなっている。赤くなっている志藤先生はとてもかわいいと思った。 「待っていたら頷いてもらえるんですか?」 「えっと、そ、それは分からないけど……」 「もっと押したら頷いてもらえますか?」 「ほ、本当に分からないから……」  ワタシは小さく息を付く。今どれだけ押しても、今の志藤先生からはこれ以上の答えは出てこないだろう。 「分かりました。だけど、ちゃんと考えてくださいね」  志藤先生は、この質問にはコクリと頷いてくれた。 ***  水族館デートの告白を含めると、卒業式を迎える今日まで、志藤先生に十九回の告白をしてきた。それでもまだ志藤先生は頷いてくれない。  月一以上のペースで告白し続けるワタシもどうかと思うけど、「分からない」と言い続ける先生も先生だと思う。  それに、本当は「分からない」というのも嘘だと知っている。志藤先生だってワタシのことを好きなはずだ。長い休みのときデートに誘うとオシャレしてきてくれるし、ワタシがいずちゃんと仲良くしていると、何か言いたそうな顔でジッと見つめている。  それでも頷こうとしないのは往生際が悪すぎる。だから、ワタシは決めていた。卒業式の今日の告白を最後にする。  志藤先生が頷いても、頷かなくても、これから先は告白をしない。  卒業式典を終えて教室に戻ると、クラスメートたちが涙ながらに別れを惜しんでいた。  ワタシも何人かのクラスメートと抱き合って言葉を交わす。三年生でも同じクラスになったいずちゃんとも別々の高校に進む。 「高校に行っても連絡してね」  ワタシはいずちゃんと抱き合った。二年の頃はいずちゃんの方がずっと背が高かった。けれど、二年の後半からワタシの身長が急に伸びはじめたため、今はほとんど変わらない。  友人たちとのあいさつを交わし終えて、ワタシは中庭に出た。  中庭でも記念撮影をしている卒業生や、後輩から花束をもらっている卒業生がいた。  部活に入っていなかったワタシには、花束を渡しに来てくれる後輩がいない。それはちょっと寂しいような気がした。 「木下先輩」  振り返ると、見知らぬ一年生が花束を持って立っていた。 「あの、突然すみません。ずっと憧れていて。卒業おめでとうございます」 「ありがとう」  ワタシは笑顔で花束を受け取る。ちょっとびっくりしたけれど好意を寄せられるのは純粋にうれしい。  その一年生と一緒に写真を撮り終えて、振り返ると噴水の側にいた志藤先生と目が合った。  志藤先生も何人かの卒業生と別れの言葉を交わしていたようだ。  ワタシは志藤先生を見つめて歩み寄る。今は、隣に立っても、志藤先生を見上げる必要はない。 「木下さん、モテるのね」 「本当ですね。もっと早く気づけばよかった。惜しいことしました」  ワタシが言うと、志藤先生は少し唇を尖らせてワタシを睨む。 「どうしました? 妬いてるんですか?」 「別に……そんなんじゃないから」  志藤先生はそっぽを向いて言った。卒業生とそれを見送る教師の会話とは思えない。 「きっと、高校に行ってもモテるでしょうね」 「そうかもしれませんね。ウチの姉も高校でモテモテだったらしいので」  志藤先生はどこからか「ウグ」と何ともいえない音を出す。 「どうします? これからは毎日見張ることはできませんよ?」  だが、志藤先生は何も言わない。どうやら本格的にむくれてしまったようだ。  ワタシは息を整えて、志藤先生の正面に立ち真っすぐにその顔を見る。 「ワタシは志藤先生のことが好きです。だから、もしも誰かに告白をされたら、好きな人がいるって断ります。だけど、ワタシは「付き合っている人がいる」って言いたい。そう、言わせてくれませんか」  そのとき志藤先生の頭が縦に動いた。これまでの十九回で一度も見られなかった動きだ。 「先生、今のって? 告白の返事、ですよね?」  志藤先生はもう一度はっきりと首を縦に振る。 「やった!」  ワタシは志藤先生に抱き着いた。  きっと頷いてくれると思っていた。だけど、本当に頷いてくれたのを見ると嬉しさが込み上げて我慢できなくなった。 「ちょ、みんなが見てるから」  志藤先生はワタシの背中に回した腕で、バンバンとワタシの背中を叩いた。 「大丈夫ですよ。卒業生と先生がハグして別れを惜しむくらい普通のことです。誰も気にしませんよ」  まあ、こんなに笑顔で先生に抱き着く卒業生はいないかもしれないけれど、今は人の目なんて気にしている余裕はない。  大声で叫ばなかっただけよかったと思ってほしいところだ。  だって、二年越し、二十回目の告白でようやくもらえた答えだ。これくらいのことは許してほしい。
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