第12話 志藤薫の回顧録

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第12話 志藤薫の回顧録

「センセー、彼氏いるんですかぁ?」  私―志藤薫は、教師になって五年目で三回目のクラス担任を持つことになった。昨年と同じく中学一年生のクラスだ。  なぜだか生徒は最初にこの質問をしたがる。私がまだ若いからだろうか。  私はまだ、この質問にどう答えていいのか分からない。 「います」  と答えれば、キャーと大騒ぎになり、「どんな人?」とか「付き合ってどれくらい?」などという質問が飛び交う。 「いません」  と答えれば、キャーと大騒ぎになり、「どうして?」とか「俺は?」などという質問が飛び交う。  どう答えても大騒ぎになるのだ。養護教諭の鍋島先生なら、「んー、ヒミツよ」なんて言いながらのらりくらりとかわすのだろうし、そうした対応が似合うから良いのだろうが、私はそういったことができるキャラではない。  三鷹先生ならばどうかわすのだろう。「います」と答えて脇山先生のことをノロケまくるのかもしれない。  ともかく私はその質問にどう答えるのが正解なのかいまだに分からない。  正直に答えたら、生徒たちはどんな顔をするのかちょっと反応を見てみたい気もする。 「彼氏はいませんが、恋人はいますよ。とてもかわいい彼女です」  そう言っている自分を想像しただけで赤面してしまう。言えるはずがない。隠したいということではなく、単に恥ずかしいだけだ。いや、隠さなくてはいけない相手だという理由もある。  だって、私の恋人はまだ高校生なのだから。 ***  教師一年目で彼女―木下流里と出会った。  まだ背も低く幼い流里に、恋愛感情なんて持ってはいなかった。  むしろ恋愛どころではないというのが正しいかもしれない。教師になったばかりの私は、とにかく毎日必至で、生徒とどう接していいのか分からず、戸惑ってばかりだった。  若いからと生徒に舐められてはいけない。だけど厳しくし過ぎてもいけない。体育を嫌いになって欲しくない。だけどやさしすぎると怪我に繋がるかもしれない。毎日、自問自答を繰り返していた。そして、うまくできない自分に毎日落ち込んでいた。  落ち込んだ日には、家で大好きな絵を眺める。脇山すみ枝先生が描いた空の絵だ。  大学を卒業する前、アルバイトで貯めたお金で買った。それは、ハイジャンプをしていたとき、マットに寝転がってバー越しに眺めた空によく似ていた。  ある日、宇津木いず奈の走り方がおかしいとクラスメートたちが笑ってはやし立てた。私は思わず生徒を叱ってしまった。叱ったこと自体は間違っていたとは思わない。だけど、叱り方がいけなかった。そのときの私はひどく感情的だったと思うからだ。  陸上でハイジャンプをしていた高校時代、私は大会で大失敗をした。それまで、それなりに成績を残していたし、将来を有望視する声も聞こえていた。  そのおごりがあったのかもしれない。タイミングが合わないと感じたのに強引にジャンプに踏み切った。そして無様にバーを落としてしまった。本当に無様な姿だったと思う。  その無理なジャンプで私は足に致命的な傷を負った。だけど、足の痛みよりも、飛べなかったことの方がショックだった。そして、私の耳に届いたのは、無様な姿を笑う声だった。  怪我をした足は手術で足は回復に向かった。リハビリを続ければもう一度飛ぶことができたかもしれない。だけど、何度挑戦しようとしても、バーが目の前に迫ると足がすくんでしまう。あの日の嘲笑が耳の奥に張り付いて離れない。  だから宇津木さんを笑う生徒たちが許せなかった。あのとき生徒たちを叱ったのは、教師としてではない。私の個人的な感情だ。あの日、私に嘲笑を送った人たちに言いたかった言葉だ。  実際、生徒の何人かが「ウザい」とか「暑苦しい」などと言っている声が聞こえた。宇津木さんも下を向いてしまう。  これで生徒たちには『ウザい体育教師』と言われ続け、距離を置かれてしまうかもしれない。そう覚悟していたのだが、それほどの反応はなかった。  良くも悪くも冷めているのかもしれないし、あのときの言葉は生徒たちに届かなかったのかもしれない。自分の未熟さを思い知った。  そんなある日、一人の生徒のことが目に留まった。  その生徒は、誰もが面倒臭がってダラダラとやりがちな準備運動を本当に一生懸命やっている。そして、「がんばったよ、褒めて」と目を輝かせて私を見つめるのだ。  その姿は、尻尾をブンブン振る仔犬のようでちょっとかわいかった。  それが流里への第一印象といっていい。  もちろん授業を受け持っていたから、流里のことは知っていた。だけど運動神経が特別良いわけでも悪いわけでもない、いわゆる平均値で、問題行動をするわけでもない生徒だったから、正直に言うとあまり気に留めていなかった。  そうして一度気になりはじめると、ついつい流里の姿を視野の端に入れてしまう。だからといって毎回準備体操で褒めることもできない。それで褒めずに通り過ぎるとあからさまにがっかりとした表情になる。水泳の授業ではそれまで以上に全力で体操をしていたので、近寄って声を掛けた。すると本当にうれしそうな笑顔を浮かべた。  特定の生徒だけに肩入れしてはいけないとわかっていても、やはり懐かれるとかわいいと思ってしまう。  そんな流里が、憧れの脇山先生の姪っ子だと知ったのは、夏休みに行った脇山先生の展示会でのことだった。  脇山先生は展示会会場にいることが多い。だからその日は、珍しくおしゃれをして出かけた。普段ジャージ姿ばかりなので、ちょっと気恥ずかしくはあるけれど、脇山先生に会えたときのことを考えると気合いが入った。  しかし会場には脇山先生もおらず、念願の赤い絵の展示もなかった。画集が買えたことはうれしかったが、それでも私はかなりがっかりしていた。  そこで流里と顔を合わせたのだ。  流里にランチを食べようと誘われて、私は迷うことなく頷いていた。そこには下心があったのだと思う。  脇山先生には会えなかったけれど、流里から何か話が聞けるかもしれないと思ったのだ。そのときの私は、教師であることを忘れかけていた。  そして流里に赤い絵のことを話したら、流里が絵のある場所に連れて行ってくれるという。その言葉を聞いて、私は教師であることを完全に忘れた。  挫折してすべてに対してやる気を失っていた私に力を分けてくれた絵をもう一度見られる可能性に浮かれていた。もしかしたら、その絵は脇山先生のご自宅にあるのではないかという期待もあった。  私の期待通り、赤い絵が飾られていたのは脇山先生のご自宅だった。脇山先生にも会えて、画集にサインももらえた。  それなのに私の心は重く沈んでいた。  脇山先生は恋人の三鷹先生と暮らしていた。同じ地区の小学校の教師をしている三鷹先生とは面識があった。  面識のある三鷹先生と憧れの脇山先生が付き合っていたからショックなのだろうか。それとも脇山先生が女性と付き合っていたからショックなのだろうか。私の頭は何を考えていいのか分からなくなっていた。  念願の赤い絵―『未来』と名付けられた絵も見られた。高校生の頃にはじめて見たときと同じように、強いエールを送ってくれているように感じる。  そしてその絵が新人だった頃の三鷹先生を描いたものだと知ってとても納得できた。繭の割れ目に小さく描かれた人魚の意味は教えてもらえなかったけれど、きっと脇山先生自身なのだと思う。必死に羽化しようとしている三鷹先生を見守り、エールを送っている姿に違いない。だから、この絵はこれほど力強く、やさしく、あたたかいのだと思えた。  そして私は恥ずかしくなった。三鷹先生は教師としては大先輩だ。授業の様子は見たことはないけれど、堂々としていて児童たちにも慕われているように感じた。そんな三鷹先生にも繭の中でもがいていた時代があったのだ。もがいて、がんばって、羽化できたから、今の三鷹先生がある。  それなのに私は下心で生徒の好意を利用した。そんな自分が情けなくなる。  そして、脇山先生の絵は、再び私に道を示してくれたように思えた。  数日後、私は鍋島先生に呼び出された。  脇山先生の家で会ったときには、私は戸惑ったり反省したりで鍋島先生と何を話したのかあまり覚えていない。脇山先生たちと親しい様子だったことだけは覚えている。  鍋島先生が訪問しているときに、私たちが押しかけた形になるので、一度ちゃんと謝っておかなくてはいけないだろうと思って誘いに応じた。  待ち合わせの時間に指定されたファミリーレストランに行くと、すでに鍋島先生は席に座っていた。そしてその前には、なぜか流里が座っていた。  テーブルを見ると、流里の前の皿が空になっている。 「もしかして、私、時間を間違えましたか?」  そう聞くと、 「いえ、時間ピッタリですよ。ちょっとお話したいことがあったから、流里さんとは早めに来ていたんです」  と鍋島先生が答えた。脇山先生の家で会ったときも二人は知り合いのようだった。二人がどんな関係なのか少し気になったが、それはわざわざ問い詰めるようなことでもない。  しかも呼び出した理由も「もう少し話したかったから」という程度だった。鍋島先生のキャラクターがよくつかめない。  そんなことを思っていると、鍋島先生は、かつて同性の恋人がいたことや、その彼女と別れた理由などを赤裸々に話しはじめた。  それは生徒に、ましてや中学生に話す内容ではない。私は教師として気持ちを入れ替えると決めたばかりだった。だから、やんわりと鍋島先生の話を止めようとした。しかし、たしなめられたのは私の方だった。 「志藤先生。私は今、私の友人に、同じ女として話をしています。子ども扱いをするのは失礼だと思いますよ」  私はどう答えていいのか分からなくなった。大人として、教師として、生徒にどう接することが正解なのか分からない。  鍋島先生の言うことは正しいようにも聞こえる。だけど、本当に正しいのだろうか。対等に接することが本当に正しいことだとは思えない。それならどうするのが正しいのか、それを主張することもできない。だから、私は俯くことしかできなかった。  モヤモヤとした気持ちのまま、鍋島先生の話に耳を傾けていると、突然告白された。思わず飲んでいた紅茶を吹き出しそうになってむせてしまう。  それこそ、生徒の前でする話ではないと思う。これは間違っていないはずだ。  やんわりと鍋島先生の告白を断ったものの、全く気にする様子もなかったので、冗談だったのだろうと思う。  それよりも流里の様子が気になっていた。  鍋島先生はまったく教師然としていない。教師ではなく養護教諭だからなのかもしれない。だからといって、生徒と友だちのような関係を築くことが正しいとは思えない。  それなのに流里は私よりもずっと鍋島先生との方が打ち解けているように見えた。流里は私に懐いてくれていると思っていたから余計にショックだった。  そのとき私は、教師として鍋島先生に嫉妬をしていたのだと思う。 だから、帰り道で流里に 「もしかして、何か鍋島先生に相談とかしてたの?」 「私じゃ頼りないかもしれないけど、何かあれば相談にのるからね」  などと言ってしまったのだ。  そんなうわべだけの言葉に生徒が応えてくれるはずもない。だけど、何も教えてくれない流里にがっかりした。いや、自分自身にがっかりしたのかもしれない。  あとできいた話では、あのとき鍋島先生と流里は、私を巡る恋愛バトルを繰り広げていたらしいので、あの場で話せないのは仕方のないことだと分かる。  けれどそのときの私は、教師として鍋島先生に負けた気がして悔しかった。  他校の養護教諭に、体育の授業だけとはいえ、日々顔を合わせていた私が負けたことが悔しかった。  夏休みが明けても、私は教師としてどうすればいいのかの答えが出せずにいた。  そんなときにうれしい事件が起こった。  走り方がおかしいと笑われてしまったことのある宇津木さんが、走り方を教えてほしいと言ってきたのだ。  あのときは俯いてしまった宇津木さんだけど、前向きに挑戦しようとしてくれるのがうれしかった。あのときの言葉が少しでも届いていたのがうれしかった。教師として頼られたことがうれしかった。  けれど返事に迷ってしまう。一人の生徒に肩入れしても良いのか判断できなかった。できれば協力したい。だけど、宇津木さんだけに時間を割くのはいけないことのような気がした。  そのとき、流里が一緒に練習したいと言ってくれた。  私は途端に気が楽になった。一人の生徒を特別扱いするのではなく、走りに自信のない生徒たちが練習したいと言ってきたのだ。一人が二人になったからといって、肩入れすることには変わりないのかもしれない。だけど、もしも他にも手を挙げる生徒がいれば、同じように教えればいいという逃げ道を流里が作ってくれた。  今考えると、本当にずるい考え方だと思う。  二人は本当にがんばって練習した。一人だったら、あそこまで成長できなかったのではないかと思う。そんな姿が本当にうれしくて、ついつい甘やかしたくなってしまった。  教師としてどのように生徒と対するべきなのか考えていたはずなのに、ご褒美を約束してしまったのだ。  しかも流里は「じゃあ、明日、ワタシが一位になったら、ご褒美にデートしてください」と顔を赤くしながら言った。  それがどんなに無謀な約束なのかは流里自身も分かっていただろう。  だから私は快諾した。一位になれないと思ったからではない。そんな流里がかわいいと思ったし、本当に一位になれたら、特大のご褒美をあげるべきだと思ったからだ。  だけど、流里は一位にはなれなかった。他の生徒の転倒に巻き込まれて実力を発揮することができなかった。それでも、流里は立ち上がってゴールまで走った。私はその姿にくぎ付けになった。その姿に感動していた。  流里を救護テントに運び、怪我の様子を見ようとすると、流里は「もうすぐ宇津木さんが走るから、ちゃんと見てあげてください」と言う。  どれだけ練習をしてきたか、私は知っている。その成果を出せず、流里はとても悔しいはずだ。それに、大転倒をしたのだから、体も痛いだろう。それなのに、友だちのことを見てほしいと言った。  視線を移すと、宇津木さんが流里の分まで背負うように懸命に走っていた。かっこいい走りだとは言えないかもしれない。けれど、宇津木さんの走りを笑う人は誰もいなかった。そして、ゴールした宇津木さんは真っ先に流里に視線を送り満面の笑みで手を振っていた。流里もそれに応えて笑顔で手を振る。  私は、尊敬にも近い気持ちで流里と宇津木さんを見ていた。  私は、精一杯がんばった流里を褒めてあげたいと思った。「ご褒美をあげる」そう言って褒めてあげれば、流里が喜ぶだろうと思った。  だからあまり深く考えず、勢いで流里と出掛ける約束した。  しかし約束をしたあと、私の頭には急に不安が浮かんだ。いくら流里ががんばったからといっても、生徒と二人で出掛けるというのはやり過ぎかもしれないと思えてきた。  そのときまだ中学校にいた鍋島先生を見つけた。流里のことをよく知っている鍋島先生なら答えをくれるかもしれない。そう思って相談を持ち掛けたのだ。  すると鍋島先生は「いいんじゃない」と軽く言った。  少しはたしなめられるかと思っていたので拍子抜けだった。けれど、その後、私は自分の未熟さを思い知らされる。 「だけど、流里さん今日はすごく頑張ってたから、遊園地は辛いかもね。明日はお天気も崩れそうだし、水族館にしたら?」  それはもう軽い口調で、考えるまでもないことだという調子で言われた。私はただ流里にご褒美をあげればいいとだけ考えていた。流里の体調にまで思い至れなかった。それは、鍋島先生との差を見せつけられたようだった。  けれど、私の未熟さはそれだけではなかったのだ。  私は水族館が好きだった。  生徒が体育祭でがんばってくれたことがうれしかった。  がんばった流里を褒めれば、流里は仔犬のように喜ぶはずだ。  私は浮かれ、いい先生になれているんだと思い込んでいた。  私は待ち合わせに現れた流里が、長袖長ズボンで傷を隠していたことに気付かなかった。全身に疲労が溜まっていることに配慮できなかった。転倒で体中に痛みがあったことにも、少しも気付くことができなかった。  よろこんでいるはずだ、楽しんでいるはずだと思い込み、一人ではしゃいでいた。はしゃぎすぎて「木下さんは好きな人はいるの?」なんて友だちのような質問までしてしまった。  鍋島先生のように、流里と親しくなれたのではないかと勘違いしていたのだ。  そして水族館からの帰り道、流里から告白をされたときの私の対応はもっとひどかった。  流里の告白に対して「からかってる?」と笑ってしまったのだ。冗談だと言ってほしかったのかもしれない。だけど、流里の目は真剣だった。真剣だったから、私はショックだった。  流里が私に懐いて、慕ってくれたのは恋愛感情のせいだと分かったからだ。教師としての私を慕ってくれていたわけじゃない。流里に裏切られたように感じた。  このはじめての告白のことを、付き合いはじめてから流里に話したことがある。すると流里は小さなため息をついた。 「薫ちゃんは結構バカだね。信頼できない、嫌いな先生のことを好きになるわけないじゃん。多少プラス加点するかもしれないけど、そもそも、先生として信頼できるから、恋愛感情を持ったんだよ」  そう言われればそうなのかもしれない。  だけど『教師として』という思いに囚われていたあのときの私は、かわいい生徒だと思っていた流里が、別の何かに変わってしまったように感じてしまった。  だから私は、教師としての言葉を探した。 「ありがとう。気持ちはうれしいよ。だけど、中学生くらいに年上の人に憧れることってよくあることだから、きっと勘違いをしているんだよ。木下さんには、私なんかよりずっといい人がいるから」  できるだけ落ち着いた声色で、できるだけやさしく、教師として、教師らしく答えた。 「そうですか。そうですよね」  私の言葉を聞き、流里はすぐに笑顔を浮かべる。  私はホッとした。教師として正しい答えを出せたと思っていた。  しかし、その翌日から流里は学校を休んだ。  それとなく担任教師に様子を尋ねると、疲労の蓄積で発熱したと言われた。 「盛大にコケてましたからね」  と担任は笑っていたが、私は落ち着かなかった。そこまで疲労していた流里を、私は自己満足のために連れまわしていたのだ。  それに別れ際の話も気になった。だから、「大丈夫?」というメッセージを打った。 『ちょっと疲れが出ちゃったみたいです。約束のペンギンの写真、送りますね』  そんな返事とペンギンの写真に私はホッとした。本当に疲れが出ただけなのだ、別れ際の会話は関係ない。そう思い込もうとしていた。  流里の体調はなかなか回復しないようで、木曜日になっても登校していなかった。だけど、様子を見に行くこともメッセージを送ることもできない。私の責任だと言われるのが怖かった。  木曜日の夕方、鍋島先生から呼び出しのメッセージが入った。  鍋島先生は私が流里と出掛けたことを知っている。学校に知れれば問題になるかもしれない。  私は鍋島先生の呼び出しに応じるしかなかった。  学校が終わってから指定された喫茶店に向かう。  鍋島先生はすでにそこにいた。いつもの柔和な雰囲気はなく、どこかピリピリしているように見えた。 「遅くなってすみません」 「いえ、こちらこそ急にお呼び立てしてすみません」  私が注文した紅茶が届くのを待って鍋島先生が口を開く。 「流里さんがずっと学校を休んでますよね」  小学校に勤務する鍋島先生が知っているのは、三鷹先生から聞いたからだろう。 「はい。あの……疲労が溜まっていたようで。私、それに気付かずに遊びに連れて行ったから。早く気付いて休ませるべきでした」  私は用意していた言葉を鍋島先生に伝える。すると、鍋島先生はがっかりしたように大きな息を付いた。 「それはいいんです。流里さんだって自覚していて、それでも出掛けたんですから。あの日の朝、流里さんから筋肉痛の治し方を聞かれたので、私も大体状況は把握しています」 「知っていたなら、どうして止めてくれなかったんですか」  私は思わず声を荒げる。それならば、知っていた鍋島先生の罪の方が重いはずだ。 「私が止めても流里さんは行きましたよ。あの子は、志藤先生とのデートを本当に楽しみにしていたんですから。それで熱を出したって、あの子は本望でしょう」  鍋島先生の言葉は無責任にしか感じない。 「デートで、何があったんですか?」 「別に、何も……」  帰り道での流里の言葉が頭をよぎる。だけどそれは関係ないはずだと無理やり頭の中から追い出した。 「どんな高熱でも、体中が痛くても、普通にデートをしてきたなら、流里さんはその辛さも喜んで受け入れていると思います。だけど、昨日お見舞いで見た流里さんは、憔悴しきっていましたよ。きっと何日もろくに眠れていないんだと思います」  私はショックを受けた。  私が怖がって様子を見に行けなかったのに、鍋島先生は流里の元を訪れていたことに。そして、流里が憔悴しきっているという事実に。 「だけど、笑っていたし、普通にメッセージの返事も……」  本当は分かっていた。流里は無理をして笑っていた。いつも通りを演じていた。だけど、私はそれを認めたくなかった。 「流里さんから告白されましたか?」  鍋島先生がやさしい口調で言った。それにつられて、私は思わず頷いてしまう。 「それで、志藤先生はどう答えたんですか?」 「……年上に憧れる気持ちで勘違いだと伝えました」  私の返事を聞いた鍋島先生は黙ってしまう。恐る恐る鍋島先生の顔を覗き見ると、目を閉じて何かを考えているようだった。 「あ、あの……」 「分かりました」  鍋島先生は笑みを浮かべていた。 「え? 分かったって、何が?」 「志藤先生と流里さんの間に何があったのか分かったので、私の要件は以上です。わざわざお越しいただいてありがとうございました」  鍋島先生はそう言うと立ち上がろうとした。私は思わず、テーブルに置かれていた鍋島先生の腕を握る。 「私の答えは、間違っていましたか?」 「さあ? それは私には分かりませんよ。志藤先生ご自身が見つけることじゃないんですか?」  鍋島先生に突き放されて私は途方に暮れる。 「でも、そうですね……。もしも私が、もう一度志藤先生に告白をしたら、志藤先生は、『それはあなたの勘違いですよ』と言いますか?」  私は首を横に振る。 「どうして私には言わないんです? 勘違いかもしれないじゃないですか」 「それは……」 「恋愛なんて、人と人のことです。フルこともフラれることもあります。それは仕方のないことですよ」  その言葉に私は少しホッとする。だが、鍋島先生は続けた。 「人と人です。教師と生徒じゃありません。間違えないでくださいね」  そうして、今度は本当に立ち上がり、店を出て行った。  店に一人残され、私はすっかり冷えてしまった紅茶を口に運ぶ。鍋島先生の言葉を頭の中で繰り返す。だけど、その答えは見つからない。  金曜日になり流里は登校した。見かけたとき、流里は宇津木さんと話していたので声を掛けるのを止めた。それは自分への言い訳でしかない。話し掛けることができなかっただけだ。私はまだ答えを出せていない。  月曜日には体も本調子に戻るだろう。きっといつものように接することができるはずだと期待して、流里のいる教室に入った。すぐに流里の姿を見つけたが、流里は目を逸らしてしまう。授業中、流里は私と目を合わそうとはしなかった。  もう仔犬のように駆け寄ってくることはないのだろうか。「褒めて」と目を輝かせて見つめてくれないのだろうか。褒めたときの、あのうれしそうな笑顔を見せてくれることはないのだろうか。そう思うと胸が苦しくなった。  私は、流里に伝えなければいけないことがあると感じていた。だけど、何を伝えるべきなのかが分からなかった。  しかし、次の授業からは拍子抜けするように流里が明るくなった。前と同じというわけではない。それでも目が合うとはにかむように笑みを浮かべてくれるようになった。  その急激な変化の理由は分からない。だけど、私は肩の荷が下りたような気持ちになった。  文化祭の準備もはじまり、流里はいつも忙しそうにしていた。流里のクラスは演劇をやると耳に挟んだ。顔を合わせるのは体育の時間だけで、プライベートな話をする機会はない。だけど、少しずつ以前のように接することができるようになっている。  もう大丈夫だと感じた。鍋島先生は思わせぶりなことを言っていたけれど、やはり心配することはなかった。あのときの答えは正しかったのだ。私は自分にそう言いきかせた。  垣間見る様子では、宇津木さんとよく一緒にいて仲良くしている。もしかしたら、変化の理由は宇津木さんにあるのかもしれない。  同性であっても、異性であっても、恋愛をするなら同年代の人が相手の方がいいはずだ。やはり、私への想いは勘違いに過ぎなかったのだ。自分の言葉は正しかったのだと考えているのに、なぜか胸がキリリと痛んだ。  文化祭も目前となった頃、舞台用の衣装をつけた流里と階段ですれ違った。赤いドレスを着た流里はちょっと大人っぽく見えて一瞬息が詰まる。  少し話をして別れる時「この衣装、どうですか?」と流里に聞かれた。  私はどう答えるか迷った。本当にきれいで、大人っぽくて見惚れてしまったと素直には言えなかった。だから「すごく似合ってる。すごくかわいいと思うよ」とありふれた答えを返す。  そんな私の言葉にうれしそうな笑みを浮かべる流里を見て、抱きしめてしまいたい衝動に駆られた。慌ててその衝動を抑え込んだのだけれど、次の瞬間、思いがけずそれが実現してしまった。  階段から足を踏み外しそうになった流里を抱き寄せた。  心臓が早鐘を打つ。私は、それを隠すように「木下さん、大丈夫?」と声を掛けた。  心臓が跳ねたのは驚いたからだ。それ以外の理由なんてあるはずがない。  鍋島先生から連絡が入り、文化祭の日に学校を案内してくれと頼まれた。正直、鍋島先生と顔を合わせるのは気まずい。だけど、断ることもできなかった。  中庭でオープニングイベントを見ながら鍋島先生と雑談をする。鍋島先生は、あの日の喫茶店で話したことなんて忘れたように、にこやかに話をしていた。そして、マジックショーの実況をする生徒のことを手放しで褒めていた。  鍋島先生は文化祭を口実にして、私にあの日の答えを聞きに来たのではなく、本当に文化祭を見たかっただけなのかもしれない。緊張していた私は少し拍子抜けしてしまった。  すると鍋島先生が急に振り返って手を振った。そちらを見ると流里が宇津木さんと一緒に立っていた。この二人は本当にいつも一緒にいる。気が合う友だちとはそういうものだ。生徒同士、仲が良いのはいいことではないか。そう思っているのに、胸の奥がモヤモヤしてくる。  しかも鍋島先生も流里と必要以上に仲が良い雰囲気を醸し出して私を苛立たせた。  他の展示を見に行くためにその場を離れようとしたとき、流里に声を掛けられた。 「志藤先生も、見に来ますか?」  それは私だけに掛けられた声だ。私に劇を見に来てほしい、そう言っている。なんだかそれだけのことがうれしい。 「もちろん。見に行くよ」  そう答えると、鍋島先生が私の腕に自分の腕を絡ませて「二人でね」と付け加えた。確かに二人で見に行くだろうけれど、それをわざわざ言う必要はあるのだろうか。流里の顔にも少し苛立ちが見えた。  流里たちと別れて、鍋島先生を案内して教室展示の見学に向かった。その途中で鍋島先生に聞く。 「前に、私のことを好きだと言われていましたけど、嘘ですよね」 「あ、バレましたか?」  悪びれることなく鍋島先生が言う。 「でも、最初の頃、ちょっと気になってたのは本当ですよ」 「どうしてその気もないのに好きみたいなことを言うんですか」  私の声には非難の色がありありと出ていただろう。だが、鍋島先生は気にする様子がない。 「だって、流里さんの反応が面白いんだもの」  鍋島先生はケラケラと笑う。そんな風に流里を気に掛ける鍋島先生のことが少しだけ気になって確認してみたくなった。 「もしかして、木下さんのことが好きなんですか?」  すると、鍋島先生はキョトンとした顔をしたあと、妖艶な笑みを浮かべた。 「そうだと言ったら、志藤先生はどうするんですか?」 「どうもしませんけど。いい大人なので節度は守ってください」  すると鍋島先生はクスクス笑いながら「はーい」と子どものような返事をした。  どうにも鍋島先生は何を考えているか分からない。流里も妙な人に好かれてしまったものだと気の毒に思った。  流里のクラスの演劇の開演時間が迫り、私たちは体育館へと向かった。席はだいぶ埋まっていたが、まだ座る場所はある。  かなり前の方に脇山先生がいるのが見えた。 「脇山先生の席の側に行きますか?」 「いえ、面倒臭そうだからやめておくわ」  鍋島先生の言葉に思わず納得して中央付近の席に座った。もしかしたら、この劇の様子もいつか脇山先生の絵になるかもしれない。そう思うと少しワクワクする。  前の発表が長くなったため、少し遅れて『眠り姫』の幕が開いた。  そう言えば、流里の役はお姫様としか聞いていない。だけど、眠り姫のお姫様役なのだから、当然眠り姫なのだろう。その証拠に眠り姫の誕生祝いのシーンに流里の姿はない。  私の記憶が正しければ、美しく成長したお姫様が糸車に触れて眠りに落ちてしまうシーンがあるはずだ。流里が眠り姫役ならば登場するだろう。そう思って見ていると予想を裏切られる結果となった。  暗転した途端ナレーションが入り、糸車のシーンがすっかりカットされて百年後になってしまったのだ。  随分脚本にオリジナリティを出しているようだ。そして、ライトがついたとき再び驚かされる。  茨の城を目指すのが、王子様ではなく白いドレスを着たお姫様だった。 「あら、なかなか面白くなりそうね」  鍋島先生はうれしそうにつぶやく。白いお姫様役は宇津木さんだった。お姫様は二人? そうすると流里はやっぱり眠り姫なのかと思い至ったとき、胸のモヤモヤが生まれる。  眠り姫は王子様の口づけで目覚める。そうすると王子様ではなく宇津木さんの演じるお姫様の口づけで、眠り姫は目覚めることになるはずだ。  ただのお芝居だ、そう思っているのに、ついつい前のめりになってしまう。  白の姫が城の中に辿り着く。そこには茨に包まれたベッドに眠るお姫様の姿があった。横たわっているので客席から顔を確認することはできない。けれど、その赤いドレスには見覚えがあった。やはり流里が眠り姫役だったのだ。  白の姫は眠り姫を見つけてその美しさに驚く。オリジナリティを出すのならば、口づけで目覚めさせる必要はない。例えば情熱的な踊りでも面白いのではないだろうか。しかし、そんな私の予想は外れた。元のストーリー同様、白の姫は眠り姫の頬に手を添えると、ゆっくりと顔を近づける。  客席から歓声や口笛を吹く音が飛んだ。  それは、まるで本当に口づけをしているように見えた。客席から見ているのだ。しっかりと見えるわけではない。角度もあるので、口づけをしているフリに違いない。だけど、それは本当に真に迫った演技に見えた。  私は拳を握りしめていた。キスシーンが長い。思わずイライラしてしまう。  白の姫がゆっくりと離れると、少し間を開けて眠り姫が百年の眠りから目覚めた。それは間違いなく流里だった。 「あなたは……誰?」  流里の声が響く。そして自らを眠りから覚ましてくれた白の姫に惹かれていく演技が続いた。  驚いたことに、その後三人目の黄色の姫まで登場する。  それ以降は眠り姫とは全く関係ないストーリー展開だったが、よくできていたし面白かったと思う。  けれど、仲睦まじい眠り姫と白の姫の様子に笑顔で拍手を贈ることができなかった。  幕が下り、観客席に明かりが戻る。 「志藤先生」  鍋島先生の声がした方を見る。 「今、あなた、すごい顔してるわよ」  私は慌てて両手で顔を押さえる。どんな顔をしていたのだろうか。 「この間の宿題の答えは分かったの?」  突然の問いに私は「分かりません」と答えた。そして続ける。 「だけど、いくら人と人でも、やっぱり教師と生徒です」 「それはその通りね」 「だったらどうすればいいんですか」 「んー、いっぱい我慢する?」  鍋島先生は楽しそうに言った。ダメだ、この人は結局楽しんでいるだけなのかもしれない。真面目に相談するだけ無駄だ。 「人と人の在り方なんて、ひとつの答えがあるわけじゃないですよ」  鍋島先生は真面目な顔で言った。そして「ただ、ひとつ言えることは……」と続ける。  何かヒントをもらえるのかと期待して鍋島先生を見つめた。 「大人として、節度は守ってくださいね」  そう言ってウインクをした。私がうなだれるのを見て楽しそうに笑うと、鍋島先生は脇山先生と合流すると言って去っていった。  私はふらつく足取りで体育館を出る。  気分を紛らわそうと教室展示の様子を見たり、生徒に声を掛けて少し話したりしたが、一向に気分はさえない。ふとした隙に、あの劇でのキスシーンが浮かんでくる。  本当に私はどうしてしまったのだろうか。  フラフラと目的も決めず歩きまわっていたらいつの間にか中庭に来ていた。今の時間は中庭でのステージはなく人通りは少ない。  そこに流里の姿を見つけた。いつも宇津木さんと一緒にいるのに今は一人だ。てっきり眠り姫と白の姫のように、二人で仲睦まじく展示を見て回っていると思っていた。意外だと思うのと同時にホッとした自分に戸惑う。しかし、よく見ると少し流里の様子がおかしいように感じた。 「少し座ってお話する?」  私は流里を誘って小さな噴水のヘリに腰を掛ける。  宇津木さんと何かあったの?なんて聞くことができないので、とりあえず劇の感想を伝えることにした。 「すごく良かったよ」「斬新な内容だったね」などと劇の感想を伝えていると、再びあのキスシーンが頭に浮かぶ。 「あのシーンは、びっくりした」 「あのシーン?」 「宇津木さんが木下さんを見つけてキスするシーン。眠り姫の見せ場だよね。本当にキスしてるのかと思っちゃった。すごくうまくできてたよ」  私は気に留めていない風を装って軽い口調で言う。 「してましたよ」  そんな流里の返事に思わず叫んで立ち上がってしまった。自分でも驚くほど動揺していた。  そして悔しくなった。私も教師でなければ、同級生だったならこんなに悩むことはなかったのだ。きっとすぐに答えを見つけられた。  動揺する私とは裏腹に、流里は冷静だった。宇津木さんから告白されたこと、それを断ったこと、そして、断った理由は私を好きだからだと伝えてくれた。  私は流里の言葉がうれしかった。けれど、それに答える言葉がまだ見つからない。  すると、流里は私の目を見て言った。 「返事はいいです。答えられないですよね? だから、ワタシはこれから、何度でも告白します。先生が頷くしかなくなるくらい、何度でも告白します。頷く以外の返事はいりません」  そうハッキリと言い切った流里が随分大人びて見えた。  そして、いつまで経っても成長できない私は「少し……時間が、欲しい」としか言えなかった。  流里はそのときの言葉通り、何度も告白をしてくれた。そして私は何度も答えを保留にし続けた。  二十回目の告白は、中学の卒業式の日だった。多分、返事をしなくても私の気持ちは伝わっている。保留にし続けていたけれど、随分前から私の気持ちは決まっていた。  私が答えられない理由を流里も分かっていたのだろう。デートに誘うときも、必ず「大切な相談があるんです」という名目を付けてくれていた。  だけど、いつまでも流里のやさしさに甘えているわけにはいかない。だから、私は、卒業式の日の告白に頷いた。 *** 「せっかく付き合い出したのに、卒業式の翌日に何もしません宣言はないよね」  隣を歩く流里がぼやくように言った。  流里は、高校になってからも背が伸び続け、今では私よりも背が高い。  しかもヒールのある靴を好んで履くので、私よりも随分背が高く見える。背の高さや手足の長さは、やはり脇山先生の血筋と言ったところだろうか。  以前そんな話をしたときは、「お父さんの背が高いからな」と言っていた。 「まあ、したけどね」 「き、キスだけでしょ」  私は小声で言う。 「実は意外だったんだよ。うれしかったから黙ってたけど。薫ちゃん頭が固いから、高校卒業するまでキスもダメって言われると思ってた」  そう、私は誘惑に負けたのだ。いや、誘惑というよりは嫉妬だろうか。 「だって、宇津木さんとのファーストキス、あと三年も上書きできないのは嫌だったんだもん」  すると流里が抱き着いて「かわいいなーもう」と言った。  私は流里を引きはがして熱くなった顔を手で仰ぐ。 「でも、もうすぐ全解禁だね。卒業が待ち遠しい」  流里はニコニコ笑って言う。 「解禁って、どこでそんな言葉覚えてくるのよ」 「ああ、鍋島先生が、もうすぐ解禁ね、楽しんでね。って言ってたよ」  あの人は本当にろくなことを教えないんだから。友だち付き合いを禁止した方がいいんじゃないかと思ってしまう。 「のんびりしてたけど、時間大丈夫?」  私が聞くと、流里は時計を見て「まだ余裕あるよ」と答えた。  私も流里もパーティードレスを着ている。  今日は二人で結婚式に参列するのだ。 「しかし、今更だよね」  流里がそう言ってしまうのも理解ができる。 「籍は入れないんでしょう?」 「うん。また気が向いたら入れるんだって。そうやってときどきイベントをすると、何度でも新婚気分が味わえるんだ、って自慢げに言ってたよ」  うれしそうにそう言っている様子が目に浮かぶようだ。 「三鷹先生のドレス姿はきれいでしょうね」 「樹梨ちゃん、気合い入れてエステにも行ってたしね」 「脇山先生もドレスなの?」 「知りたい? サプライズらしいけど」 「サプライズは、聞いちゃダメなやつじゃないの?」 「大丈夫、聞いてても驚くから。最初はタキシードで、お色直しでドレスを着るんだって」  確かに聞いていても驚くかもしれない。だけど、やっぱり聞かずに驚きたかった。 「もう、サプライズをばらさないでよ!」  私は流里を軽く叩くと、流里は「体罰だー」と言いながらいたずらっ子のように笑った。  そして、私たちは手をつないで、脇山先生と三鷹先生の結婚式会場に急いだ。     おわり
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