14:借りてきた猫

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14:借りてきた猫

鼠田は混乱していた。 あの日以来、猫宮の様子が変なのだ。 1度目のヒート時には、その後約1週間大学を休んでいたが、2度目の今回は大学を欠席することもなく、特に変わった様子もなく元気そうであり、鼠田は安堵した。 しかし、猫宮の様子が変なのは体調ではなく、その態度だった。 猫宮は、鼠田に話しかけてくることはおろか、こちらを見ようともしないのだ。 そして、鼠田と一緒にいるときに見せていたストレートな感情表現はすっかり鳴りを潜め、周囲には社交的で友好的な言動を見せている。これまでの近寄りがたい雰囲気が払しょくされ、これまで話しかけたくても話しかけられなかった学生、主に女子学生たちが我先にと群がっている。 大学にいる間は猫宮がいつも隣にいたため、鼠田はどこか所在なさを感じるとともに、いつも彼が自分に話しかけ、会話の糸口を作ってくれていたことに気づいた。 結局あの日、猫宮は眠り続け、目覚めることは無かった。猫宮が起きるのを待って直接謝罪したいと猫宮の父親に訴えたのだが、いつになるか分からないと首を振られてしまい、帰るように促された。その後猫宮に数回電話をしたのだが、応答は無かった。メッセージも何度も送っているが、以前であれば数時間で返信があったところ、ここ5日はまったく既読がつかないままだ。話しかけるチャンスを狙ってはいるのだが、彼の周りから人が途切れることは殆どない。今この瞬間も猫宮の周りからは大きな笑い声が上がっており、会話に水を差すことを恐れ、話しかけられずに遠くから猫宮の後頭部を眺めることしかできなかった。 「どうしよう…」 そうつぶやくと、横から「何が?」と女性の声がした。 慌てて隣を見ると、顔見知りの女子学生が不思議そうにこちらを見ていた。一度グループ課題で一緒になったことはあるが、特別親しいわけではなく、苗字すら覚えていない程度の関係性だ。突然話しかけられ、鼠田は動揺した。 「ああ、あ、僕に話しかけてますか?」 自分を指さして聞くと、女性は噴き出した。 「そうだよ!逆に、他に誰がいるの?」 「あ、そうですよね…はは…」 「鼠田くん、何か困ってるの?」 「あ、いや独り言ですよ」 「あのさ、もしかして…猫宮くんと喧嘩しちゃった?」 「え?どうしてですか?」 「だって、最近までいつも猫宮くんと一緒にいたのに、先週くらいから急に全然話さなくなったでしょ?まあ、女の子たちは猫宮くんと話せて嬉しそうだけどさ」 「うん…僕にもわからないんです。もしかしたら、すごく怒らせてしまったのかもしれない。避けられているみたいなので」 (あの日、僕は彼をとても怖がらせてしまった。醜い姿もたくさん見せてしまったし…もう僕なんかとは口を利きたくないのかもしれない) 「直接、理由を聞いてみればいいんじゃない?」 「いや…プライベートな話だし、2人きりで話したいんだけど、いつも周りに人がいて、チャンスがなくて…」 「そんなの言い訳じゃん!」 思いがけず厳しい言葉が飛んできて、思わずまじまじと女性のことを見つめてしまう。 「勇気を出せばすぐだよ!ちょっと話したいんだけど、って言ってどこか 人のいないところに誘導するとか、あとはどこかで待ち伏せするとか?方法はたくさんあるよ」 「そ…そうですかね?」 「そうだよ!だって2人とも、一緒にいるときすごく楽しそうだったよ。お互いのことを大事に思っているんだろうなって思ってたよ。それに……」 女性が俯いて言いよどんだので、鼠田は静かに言葉を待った。一呼吸おいてから、彼女が上目遣いでこちらを見つめてくる。 「…それにね、猫宮くんが鼠田くんを見る目は、他の人と違ってた、気がする」 「えっ?どうしてですか?」 「それは、私がずっと鼠田くんを見てたから…分かったんだ」 女子学生は真っ赤になって、目を伏せてしまった。 (僕を見てたって…なんでだろう?背が高いから目立つのかな?) 「あの…僕、なにか悪目立ちしてましたか?迷惑かけてすみません…」 慌てて顔を近づけ小声で謝ると、女性はさらに赤面して首を振った。 「いや、いやいや、そんなこと全然!全然ないよ!!ないんだけど、あのね、鼠田くん、よかったらあの…連…絡さ」 彼女が最後まで言い終わらないうちに、大声がした。 「先生来たぞ!!!!!」 いつものクールで余裕を感じさせる声ではなく、苛立ち、切羽詰まった様相で叫ぶ声。その声はすっかり聴きなれたはずなのに、今はどこか遠く感じられた。 教師が教室に入ってきたのは事実だったが、教師も大声にびっくりしており、声の主である猫宮に注意している。 「すみません、俺、先生の授業楽しみにしてたんで、つい」 彼は恥ずかしそうに頭をかき、周囲から好意的な笑い声が上がる。 (猫宮君がみんなの前で急に叫ぶなんて、珍しい…何かあったのかな?) しばらくぼんやりとその様子を見つめていたが、隣からの視線に気づき鼠田は慌てた。 「あっ、ごめんなさい!さっき何か言いかけてましたよね?聞き取れなくて申し訳ないです…」 「あ、ううん!なんでもないよ。とにかく、仲直りがんばってね」 「ありがとうございます」 鼠田が感謝の気持ちをこめて笑いかけると、女性は一瞬固まったかのようにその場に制止してから、自分の席へと走り去っていった。 (嵐のような人だったな…けど、いいアドバイスをもらった。学内で話しかける勇気はまだ出ない…どうしようか…) 鼠田は教師の講義そっちのけで考え込んだ挙句、大学の授業終わりに猫宮の家の前で待ってみようと心に決めた。 女子学生「きました、超特大の牽制球!!」
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