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02:運命はすぐ近くに
「おい起きろ!間抜け!」
大声が頭上から降ってきて目をあけると、仁王立ちした男性が僕の顔を覗き込んでいた。
「まったく2回も倒れるって、お前虚弱体質なのかよ?ありえない。アルファって弱いんだな」
「おい彰、仮にも病人なんだぞ。優しくしなさい」
慌ててベッドから身を起こそうとすると、中年男性に制止される。
「急に動くとまた倒れるよ。ゆっくり休みなさい」
その顔にはあまりにも見覚えがあった。
「先生…」
彼は僕の主治医だった。
「先月の定期健診ぶりだね、颯斗くん。息子から早くうちに来てくれって急に連絡が入ったから何事かと思って駆けつけたら、君がいたんでびっくりしたよ」
「息子さん…?」
状況が読めず目を白黒させていると、先生が笑った。
「ああ、これはうちの息子だよ。猫宮彰。今年から東都大学の医学生だ。君も確か…」
「あっ、はい。僕もです」
そう告げると、予想通り非難の声が響いた。
「まじかよ、最悪。なんで言ってくれなかったんだよ親父」
「個人情報だからね。それにまさかあれほどアルファ性を毛嫌いして、平凡に生きたいと願っていた鼠田くんが、日本の最高学府に入学するなんて思いもしなかった」
その言葉に、学生時代にいじめられた記憶が断片的に蘇ってきて気分が悪くなる。
「僕もいろいろと思うところがあって…」
そう小声で言うのがやっとだった。
「それよりすみません、休診日なのにわざわざかけつけていただいて」
「いいんだ。にしても、大変だったね。彰から聞いたよ、チンピラに絡まれた挙句、通りすがりのオメガのヒートに当てられて気を失ってたんだって?たまたま彰に拾われて幸運だったね、よっぽどすごいヒートだったみたいで、君は薬の副作用で拒絶反応を起こしたらしい。」
先生は明らかに僕と息子さんの関係に気づいていない様子だ。訂正しようとしたが、息子さんー彰と呼ばれた男性が首を振って口パクで「ばらしたら殺す」「コロス」と繰り返しているのに気づいて、僕は慌てて頷いた。
「そう、だったんですね…」
「きみは強力な抑制剤を飲んでいるから、普通のオメガのヒートにあてられても何ともないはずだ。それがこんなに体調を崩しているんだから、おそらくその男性は君の運命の番だろう。君は認めたくないかもしれないが、出会ってしまった以上はそうそう逃げられるものではない。いよいよ覚悟しないといけないよ」
その眼光は厳しさを帯びていて、僕は縮こまってしまった。しかも、その言葉は、心なしか、僕だけに向けられたものではないような気がした。
「…まあいい。それより彰。颯斗くんも目を覚ましたことだし、お前はいったん実家に帰りなさい」
「はあ?なんで俺が?ここ俺の家だけど?」
「颯斗くんはまだ治療が必要だし、お前だってもうすぐ発情期なんだろう?ここはアメリカみたいに先進的じゃない。発情期間近のオメガに手を出すような危ない輩だってゴロゴロいるんだぞ」
「でも、大学が…」
「大学には私が適当な理由をつけて連絡しておくから、心配するな。早く休めばそれだけ早く復帰できるかもしれないだろう?マンションの前にタクシーを呼んでるから、実家に帰ってしばらく療養しなさい。」
「……わかったよ」
しぶしぶうなずくと、彰さんは背中を向けたままで冷たく言い放った。
「鼠野郎、俺は絶対お前を認めないからな」
「あ、あの…お父さんを呼んでくれてありがとう!」
玄関のドアに向かって叫んだが、届いたかどうかは分からない。
ふう、と息をついた矢先、先生は静かに言った。
「彰も去ったし、君には話しておかないといけないことがある。君と、僕の息子についてのことだ」
その瞬間、僕は悟った。この人は、もう全部分かっている。分かったうえで、息子の前では騙されたふりをしていたのだと。
僕の心を読んだかのように、彼はため息をついた。
「まさか息子の運命が、こんなに近くにいたとはね…」
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