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「はぁ…朝っぱらから何の電話だ、クソ…。」
膝枕を堪能していた父親が、気怠そうに起きて、電話機の前に立った。
表示された電話番号に、父親は首を傾げる。
「…学校からじゃねぇか。こいつのサボりの件は済んだはずだろうが。」
父親が私の方を見やる。
「もしかして、龍勇の方かも。ほら、高校の番号よ。私に代わって。」
母親が駆け寄り、父親より先に受話器を取る。予感した通り、兄の事で電話して来たようだ。母親が兄の担任の名前を呼んでいた。
兄が何かしでかしたのだろうか。大人しい私と違って、少しグレたところのある兄だ。喧嘩や器物破損や、あったところで可笑しくは無い。
「わぁ、それはそれは…喜ばしじゃなかった、申し訳無いです。私の方からもキツく叱りたいので、そちらに今から伺います。はい、失礼します。」
母親が受話器を置いた。
一体何の電話だったのだろう。
「聞いて、アキ!あの子3年生を殴って骨を折ったらしいの。流石アキの子どもね、怪力で手加減知らず。お母さん、呼び出されちゃった。」
母親は、何故か嬉しそうに話している。
つまり、兄が先輩と喧嘩をして、怪我をさせたという事だ。
それのどこに、喜ぶ要素があるのか。
「マジか。なら、俺も行く。妊婦1人に出来ねぇからな。だが、流石お前の子どもだな。すぐに手が出ちまうところとか、可愛らしいじゃねぇか。」
「でも駄目なところがあるわ。3人相手にして、骨を折ったのは1人だけだって。」
「何だあいつは。簡単な算数も出来ねぇのか。3人いたら、3人骨を折らなきゃ駄目だろ。」
「ねぇー。ちゃんと叱らなきゃ。」
物騒な会話を、きゃっきゃっと楽しそうに話す2人。
違う。叱るところはもっとある。そもそも、息子が人に怪我をさせたというのに、相手の心配や息子への怒りが全く無く、もっと骨を折れとは親の言葉なのだろうか。
「親として呼び出されるなんて、初めてだわー。楽しみね。」
「俺はある意味2回目だがな。松林みたいに、上手くやるか。」
「アキの猫かぶり超面白いわ。…あ、愛奏は家にいなさいね。お母さん達学校行ってくるから。今日は赤飯よ。初めて骨を折った記念日。プレゼント買ってあげないと。」
「いやそこはお前の妊娠を祝えよ。じゃあ、行ってくる。お前は1日家にいるんだぞ。」
嵐が去った後のように、静かになった。
何だか、父親の事で心配した自分が馬鹿みたいだ。キッチンに入り、何か飲み物を探した。冷蔵庫を開けて目についた物は、作り置きの料理やプロテイン、それとアイスコーヒー。多分これは母親の飲んでいた物だろう。
妊娠したのだから、暫く飲めはしまい。勿体無い。
私は冷蔵庫のアイスコーヒーをグラスに注ぎ、一気に飲み干した。
数時間後。嬉しそうな顔をした夫婦と、それに微妙な顔をした兄が帰ってきた。父親の手には、兄が欲しがっていたスケートボードがある。
本当に可笑しな家族だ。
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