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今思えば可笑しな話だ。
あんなに偉そうな父親が、母親には頭が上がらない。
母親は小柄な部類に入る。
中学生になったばかりの私が、もうすぐで背丈を超えそうなぐらい。細身だし、力比べでは父親に敵わないだろうに。あの口の悪く、粗暴で大柄な父親ならば、母親をシめる事は造作も無い。
自分で考えておきながら、腹が立った。
「ねぇ、仕事…行かないの?」
聞き方が少し素っ気なかったかと、少し反省する。しかし、父親は全く気にも止めていないようだ。オレンジジュースの入ったグラスを、手渡してくる。
「ああ?まだ、出勤時間じゃねぇし、大丈夫だろ。」
少なくとも、ニートでは無い事がわかり、ほっとした。
しかし、何の職業かも聞かなければならない。意を決して、気になっていた事を聞いてみた。
「…何の、仕事してるか、聞いてもいい?」
父親は目を丸くした。
こんなに驚いた顔は、はじめて見る。
「は?…ん?仕事…言ってなかったか?」
「聞いてない…。」
「マジか…え、言わなかったとしても、気づいてもいなかったのかよ。嘘だろおい…。」
整えてあった髪をかき乱し、深いため息をついた。
「あー…紗知にも言われたが、そうかぁ…気づいて無かったか。」
「お母さん?」
「子どもらに、仕事の話くらいしてやれって。特にお前が勉強で悩んでるから、アドバイスしてやれるだろって。変に黙ってると、ヤクザかホストにでも間違えられるぞってな。」
流石、母親。私の思っていた事を察して、そのまま父親に伝えてくれていたようだ。しかし、勉強で悩んでいる事と、父親とどう関係するのだろうか。
「ごめん…思ってた。」
「はぁぁぁぁぁぁぁ…。」
体内の空気を全部吐き出さんばかりの、深いため息だった。余程ショックだったようだ。
父親は、ソファに置いたかばんを掴み、中を開ける。そして1枚の名刺と、パンフレットのような物をテーブルに置いた。
「ほらよ。」
パンフレットの表紙には、目の前の父親の姿。そして名刺には、近所にある有名な進学塾。中央には父親の名前と講師の文字。
「…講師って…先生!!?」
思わず跳び上がってしまった。
予想していなかった職業に、開いた口が塞がらない。
「驚きすぎだろ。」
父親が呆れたように見つめる。
「に、似合わな…っ。」
「やかましい。よく言われてるが。」
「い、言われてるんだ…。」
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