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今日も家にいる。
私は物陰から、こっそりと父親の姿を観察した。
どこにでもいる父親の習性なのか、新聞を読みながら、コーヒーを飲んでいる。
容姿端麗で、実年齢よりも若く見られる父親は、見た目に関しては自慢だった。
スーツを着ているから、この後またどこかに出かけるのだろう。
どこへ行くのかはわからない。しかし、黒スーツに黒シャツ、赤いネクタイの組み合わせはただの会社員には見えない。
私は、父親が何の仕事をしているのか知らない。
朝は家にいて、たまにスーツを着て出かける。そして、日付が変わる前に帰宅するのだ。明らかに普通のサラリーマンの生活ではない。
小さい頃は気にしていなかった。
しかし、友達に父親の仕事を聞かれて、わからないと答えると、口々に言われてしまった。
「ニートって事?うっわぁ…」「ヒモ男して許されるなんていいよねぇ」「いやいや、顔怖いしヤクザだろ」「格好良かったし、ホストや夜の仕事してそうだよねー」
私は言い返す事が出来なかった。そのうえ、父親と距離を置くようになってしまった。
父親が嫌いではない。口が悪いし顔は怖いが、私や母には優しい人だ。仕事で今までの父親の人間性が、変わる訳では無い。
しかし、皆の言った事が本当だったら?
ニートかヤクザかホストをしていたとしたら?
私はどうしたらいいのだろう。
人の職業にとやかく言うのは、よろしくないとわかっているけれど。この際ヤクザでもホストでも許せる。
けれど、頑張って働いている母が重荷になるようなニート男なら、私はブチ切れる。
最近体を壊したのか、病院に通い出したり、家にいても辛そうにしている母。
母を愛しているならば、金を稼ぐどころか遊びまくるお前はクズだ。
「…さっきからガンつけてんじゃねぇぞ。言いたい事があんなら、こっちに来て言えよ。」
父親がぐるりと私の方を振り返る。
気だるげに見つめる瞳は、私が譲り受けた綺麗な緑色の瞳のままだ。
今日はカラコンをつけていない。
「コーヒー、飲むか?あぁ、駄目か。紗…母さんがお前は飲み過ぎだから止めるように言われてたな。ジュースにしろ。」
「…飲んでもお母さんには、黙っててくれたらいいじゃん。」
「俺はお母さんに、2度と嘘をつかねぇって結婚する時に誓わされてんだよ。お母さんを未亡人にしたくなかったら、ジュースで我慢しろ。」
父親はそう言って、キッチンに入っていった。
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