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後日、色町へと繰り出した井上と伊藤は思いもよらない人物により、大変な恥を掻くことになる。
それは、それぞれ馴染みの芸妓を呼んで酒を酌み交わしている時の事。
「お客さん。お連れの方が見えられておりますが、お通ししても宜しいでしょうか」
「連れ?そんな者呼んだ覚えは無いんじゃが」
「一体誰なんじゃ?名はなんと言うもんじゃ」
「それがですね・・・・っ・・・(ゴスっ)」
閉じられている障子の向こうで妙な音がし、二人は互いに見合い眉を寄せる。
ばたっと何かが倒れる物音がして腰を上げようとしたと同時に、ゆらりと一つの影が障子の向こうで揺らめいたのを息を呑んで凝視した。
「だ、誰じゃ!」
「長州の井上聞多と知っての急襲かえ!」
怯える芸妓二人を奥の隅にやり、大小は店に預けていることに事に舌打ちした。
「井上さん・・・・伊藤さん。ぼくです。柳井佐那です」
声と共に障子がゆっくりと引かれて見慣れた姿が視界に入ると、二人は安堵と共にこの場に不似合いな存在に驚いた。
「「え、佐那?」」
その声は生気を感じないことに多少の違和感は感じたが、顔見知りと知ると酒の回っているのもあり、抱いた違和感もすぐに消えてしまう。
「どうしたんじゃ、こんなところで。
あ、もしやあの『愛の言葉』の礼にわざわざ来たんか?」
そんな気遣いはいらんのに悪いなぁとまんざらでもない様子の井上は、廊下に立ったままの佐那にそんなところにいないでこちらに来いと、機嫌よろしく手招きする。
伊藤もへらへらと笑いながら杯を佐那へ向ける。
「・・・・・・・・」
「「?」」
俯き答える気配の無い佐那に首を傾げると、伊藤は腰を上げ佐那を中に入れようと障子へと近づいた。
「まぁ。折角来たんだし。佐那も一緒に呑も・・・・・・
・・・・ひ!?」
「よくもまぁ。言葉巧みにぼくを騙してくれたものです」
ゆらりと室内に足を踏み入れた佐那の姿は、まるで幽鬼そのものである。
気迫に押され、伊藤は息をするのも忘れて後ずさり、背後にいた井上を盾にしてしゃがみこんでしまう。
「な、何の話じゃ佐那」
「しらを切る気ですか?井上さん」
「僕たちは騙してないぞ!現に英吉利じゃほんとに使われちょる!」
そうだそうだとすっかり小者に成り下がっている伊藤は、井上の背後から目元だけを出して抗議する。
「確かに使われているようですね」
「そうじゃろう、そうじゃろう!」
「でも・・・・・・・・」
「「でも?」」
「桂さんは全てご存知でしたよ。あの言葉も。そして意味もね」
「そ、そうか。俺たちはてっきり桂さんは知らないものと思っちょってたからなぁ、俊輔?」
「そうじゃ、そうじゃ!僕たちは純粋に佐那に教えてあげようと・・・・」
「純粋に?」
ひとつの言葉に佐那は反応を示すと、目聡い井上はすかさずその言葉を強調して主張する。
「純粋にじゃ!この気持ちには嘘はないぞ!」
「そうですか。なら、ぼくに何度も「あいらぶゆー」と言わせたのは何故ですか?」
「それは『マホウ』の話をしたじゃろう。あれは修練しなければ効かないんじゃ」
佐那はほぅ、と小さく息を吐き出すと左右に首を振る。
「・・・・・・マホウなんて効果ははなから無かったんだ。
結果はどうであれ、抱いている気持ちが真であるのなら、素直に相手に心の内を伝えることが大切だと思うよ、と。少なくとも私はそうだ、と桂さんは言ってた。ぼくは自分が恥ずかしくなったのと同時に、貴方たちへの怒りが湧いてしようがありません。ですから・・・・・ぼくは今宵、この場所へ来たんです」
「「さ、佐那?」」
「天誅です!覚悟!!!」
井上と伊藤は共に股間を蹴り上げられその晩、女を抱くことが出来なかったという。
挙句の果てにその顛末は傍に居た芸妓によって町中に知れ渡る事となり、暫くの間両者はその地へ出向く事が出来なかった。
それほどまでに無様な姿だったのだろう。
「桂さん」
「なんだい、佐那」
「ぼくの心はいつでも『アイラブユー』ですよ」
今日も、桂小五郎邸は花の香りにも引けを取らない、甘い雰囲気に包まれている。
おわり
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