【長州】あい・らぶ・ゆーと言ってくれ

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長州藩の中核を成す桂と恋仲である柳井佐那は外出先からの帰り道。 萩の城下にある桂小五郎宅へと向かう途中で突如二人の男に襲われた。 「何を物騒な事を言うちょる。俺たちは少し佐那に話があって待っちょったんじゃ」 と、偉そうな態度で口にする井上聞多。 「そうじゃ。僕らは普通に待っちょっただけじゃ。決して襲っちょらん!」 と、声高に主張する聞多の相棒・伊藤俊輔。 この御神酒徳利の二人が現れる所には必ず何かある。 そう言い切れるぐらいにはこれまでの経験からよう~く推測できるのである。 「うるさいのう、天の声は・・・・。ま、それはさて置き。佐那。これから桂さんの所へ帰るんか?」 井上は見事に天の声を無視して、己の役割を全うすべく歩みを止めさせた相手に声を掛けた。 「う、うん。そうですけど。二人揃ってどうしたんですか?」 一体誰と話をしていたのかと不思議に思った佐那は少々困惑気味なご様子。 井上と伊藤はそんな彼に苦笑いしながら何でもないと掌を振って見せた。 しかしながら美しい者が美しい花を持つ姿は大変優美なものだ。 彼の腕の中には白や黄、鮮やかな紅や紫など、色とりどりの花たちが大切に抱かれている。 そして何より佐那の顔からは幸せそうな笑みが零れ落ちんばかりに放たれているのだ。 しかも小首を傾げて問うてくる姿は本当に愛らしい。 無類の女好きで知られている井上と伊藤であったとしても、この愛くるしさには流石に心中穏やかではいられなくなる。 もしも佐那が桂と恋仲でなければとうに口説く策を練っているところだ。 「え・・・・いや。その、ちょっと佐那に話があってなぁ」 何故か顔を紅くしながら頭を掻く伊藤に益々困惑の色を濃くした。 「俊輔。物事ははっきり言わんと相手に伝わらんぞ」 「だったら聞多が言うてくれよ。とてもじゃないが僕には無理じゃ」 「先に自分がいうとお前が言うたんじゃぞ」 「そんなこというても、本人を目の前にしたらやっぱり言えんのじゃ!」 「こんの小心者が!」 「そうじゃ、僕は小心者じゃ!じゃから聞多に頼んでるんじゃろうが!」 話の見えない言い争いに佐那は少しだけ腹が立ってきた。 そもそもこの二人に捕まりさえしなければ、今頃は幸せな気分で桂さんにこの 花たちを見せる為綺麗に活けている筈なのに。呼び止められた挙句に蚊帳の外では誰だって気分が悪くなるものだ。 この際だから敢えて二人の争いは止めずに、さっさと帰路に着こうと佐那は再び歩みを始めようとした。 「あ!待っちょくれよ~。僕たちこんな事する為にここで佐那を長い間待っちょたんじゃないんじゃ~」 伊藤は透かさず佐那の行く手を阻み両手を広げる。 佐那は呆れた風で溜息を零すと、井上を振り返りながら口を開いた。 「一体さっきから何なんですか?ぼくは早く桂さんにこの花を見せてあげたいのに」 「わかった。済まない佐那。もう言い争いはせんけぇ。少しだけ俺たちに付き合ってくれんかのう」 「・・・・・なぁに?」 「それがだな。俺たち英吉利へ行っちょった頃があったじゃろう。あそこでな実は英吉利の『愛の言葉』ちゅうもんを教えて貰ったんじゃ。それを佐那にも教えてやろうと思って佐那を待ってたんじゃ。流行りもの好きな桂さんの事じゃ。きっと喜ぶと思うてな」 「英吉利の愛の言葉?」 「そう。何でもこの言葉を口にすると、なんでも「マホウ」っちゅうもんが罹ったように言われた方はなるんじゃと。所謂惚れ薬なようなもんじゃろうな」 「言葉を口にするだけで、ですか?」 「俺も胡散臭いと思うちょったんじゃが、あちらでは普通に言うちょるらしい。金も掛からんし、本当に不思議な言葉なんじゃ」 「へぇ。で、どんな言葉なんですか?」 佐那は明らかに興味を示した。 井上はこれはしめたとばかりに伊藤へ目配りをする。 すると今度は伊藤が佐那の前へと乗り出し、こう言った。 「この言葉は効き目が出るまで修練がいるんじゃ。一発で相手に効果を望むんであれば、何回もその言葉を口にせにゃならん」 「そんなに修練が必要なんですか?」 彼の心の声がそのまま顔に出ている。 面倒くさそう、と。 「金が掛からんものほど苦労がいる。どうじゃ、知りたいか佐那?」 修練が必要とのことで、すぐに使えるものを思っていた佐那は肩を落とした。 やる気が一気に低下したのを感じた二人は、最後決定的な一言を口にする。 「「これさえ習得出来れば、桂さんは佐那の虜じゃ!」」 佐那はぱっと顔を上げ、やるとすぐさま決意したのだった。
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