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第2話 約束の夕方
「ふあぁぁ……」
入学式を終え、校舎から出てくる。外はもう暗くなり始めていた。想像以上に長かった。新入生はみんな疲れ切ったらしく、朝のようににぎやかに話すものはいない。今日は早く家に帰って寝よう。そう思って歩いていると、
「ちょっと待ってよ、イイ!早く歩きすぎ!」
後ろから場違いに元気な声がした。声の方向を向くと、朝丘帆夏がこっちに向かって来ていた。何やらいらいらしているようだ。
「もう!なんでいっつもイイは私を置いていくの。今日だって一緒に帰るって約束だったでしょ!」
ショートカットの髪を上下させ、大きく息を吐きながら俺を叱る。朝丘帆夏は俺の中学校からの同級生だ。正直、中学時代はあまり仲良くなかったが、朱雀門高校に入学した知り合いは俺以外にいないらしく最近絡んでき始めた。
「ごめん。すっかり忘れてた。てゆうか、その『イイ』っていう呼び方やめてもらえないか。高校生にもなってペットみたいなあだ名付けられるのめっちゃ恥ずかしいんだけど……」
「ええーっ。飯島って名字で呼ぶより『イイ』って呼んだほうが可愛いじゃん!」
ムッとした表情をしつつも朝丘は歩調を合わせて俺の隣を歩き続ける。こいつは決して悪い奴ではないんだが人との距離の取り方がとにかく近すぎるんだよな。朝丘に気づかれないように俺は静かにため息をついた。
電車通りに向かってしばらく歩き続け、高知城付近を通過する。いつの間にか俺の周りには朝丘しかいなくなっていた。夕方の独特な静けさが二人を包み込む。
「そういえばさ。イイは見学する部活決めた?朱雀門高校は絶対に部活動に入らないといけないから何個か見ておかないといけないよね。」
沈黙に耐え切れなかったのか朝丘は新しい話題を切り出す。
部活動に絶対に入らないといけないのか。俺は中学時代は帰宅部だったが高校では何に入ろう。ふと、今朝の出来事を思い出す。
「まだ見学に行く部活は決めてないけど、気になってるやつはある。」
「ええっ。それって何の部活?イイの入りたい部活ってめっちゃ興味ある!」
途端にテンションが上がる朝丘。俺はリュックから大事に取っておいたビラを朝丘に渡す。
「よさこい部っていうのが新設されたらしくて、今日校門でビラを配ってたんだ。」
「へー。確かによさこい部なんて珍しいね。」
朝丘は食い入るようにビラを見る。俺がいきなり変なことを言いだしたと引いたりしてないだろうか。緊張しながら路面電車の停留所に辿り着く。すると朝丘は俺の目の前に踏み出して、
「でもよさこい部ってすごくいいと思う!私も気になってきちゃった!」
俺は顔いっぱいの笑顔に安堵するとともに、自分の興味があるものを肯定してくれたことに多少の幸福感を感じていた。だらしない顔を朝丘に見せるわけにはいかないと視線を道路に向ける。日没間近の電車通りは、強烈な西日を車窓が反射してオレンジに光っているように見えた。
「ねえ、イイ?よさこいって言ったらさ……」
朝丘は何か言おうとしたが、路面電車の警報音がその言葉を遮った。
「イイ!いつまでそっち見てるの。よそ見してたら電車に轢かれちゃうよ!」
線路の近くでぼんやりと立っている俺を強く引っ張る。数秒後には丸みを帯びた車両が目の前に迫ってきていた。
乗車券を取って、車内に乗り込む。いつもなら学生やサラリーマンが何人か乗っているはずだが、今日はいないようだ。俺と朝丘は席の真ん中にゆったりと腰掛けた。朝丘は考え事をでもあるのか大人しくしている。
それほどスピードは出ていないはずなのに路面電車はモーター音を大きく響かせて進んでいく。無駄に騒がしいモーター音と古びた車内。路面電車に乗るとなぜか幼いころを思い出す。俺はいつの間にか流れていく景色を眺めていた。
「あのさ。イイはさっきのよさこい部の見学にいつ行くつもりなの?」
何か決心したような真剣な表情で朝丘は俺を見つめる。
「いや、まだいつ行くかは決めてないけど。そもそも見学に行くかどうか……」
「なら、私と一緒に明日行かない?どうせイイは一人だといつまでも行こうとしないでしょ?」
朝丘はこのことをずっと考えていたのか。また俺に幸福感が湧き上がる。
「分かった。朝丘が良いなら俺も一緒に見学に行くよ。」
できるだけ喜びを抑えながら落ち着いたトーンで答える。やった。これであの人のところに行けるぞ。そう思った途端、一気に頭が冴えわたる。
「じゃあ、決まりね。イイ。今度は私との約束しっかり守ってよ!」
悪戯っぽい表情で釘を刺す朝丘はいつになく頼もしく見えた。
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