0人が本棚に入れています
本棚に追加
第3話 よさこいの調べ
放課後。俺は朝丘との待ち合わせ場所に向かって全力疾走している。現在の時刻は17時21分。すっかり遅くなってしまった。3階に向かって一気に階段を駆け上がっていく。教科書でいっぱいのリュックを背負っているせいか、すぐに息が上がる。だが、今はそんなことに構ってられない。俺は前傾姿勢になってさらにスピードを上げた。
朝丘は約束通り3階前の踊り場で待っていた。
「ごめん。遅くなった……」
「本当に遅い!待ち合わせの時間から20分も経ってるよ。一体何してたの?」
朝丘は頬を膨らませながら俺の遅刻の理由を問いただす。
「放課後に俺のクラスで自己紹介することになって、35人全員が紹介するまでにすごく時間がかかったんだ……」
俺は遅刻の理由を説明しつつ、乱れた呼吸を整える。朝丘は全くしょうがないといった顔で、
「じゃあ、早く行こ。よさこい部の人が待ってるよ。」
そうだ。早く行かないと。俺と朝丘は少し大股になって部室へと急ぐ。
よさこい部は3階の一番端にひっそりと佇んでいた。暗い教室には人の気配は感じられない。
「もしかしてまだ誰も来ていないのかな?」
朝丘がそう言った瞬間、目が覚めるように澄んだ音が部室から鳴り響いた。
俺と朝丘は扉を開けてそっと教室の中を覗く。
あの人がいた。彼女は青のジャージ姿で淡々と鳴子を打ち鳴らしていた。落ち着いた全身の所作からは想像のつかないほどに鳴子の音は高く華やかに響き渡っていく。ただ静かに踊っている彼女の姿は、それだけで一つの作品として完成されているように見えた。
「すごい……」
思わず息を飲む。もう少しここで見ていたい。そう思ってその場にとどまっていると、
「二人共、そこで何してるの?中に入らないの?」
控えめな声で後ろから声を掛けられる。いつの間にか俺達の真後ろに上代先生が来ていた。よさこい部の顧問である上代先生は部室に来ることはないと思っていたが、今日は俺と朝丘が見学をするということで見に来たようだ。
「すいません!あの人の踊りについ見惚れちゃって……」
俺と朝丘はとっさに扉から離れる。
「いいの、いいの。真剣に踊りを見てくれるのは顧問としてすごく嬉しいことだから。でも中で見たらもっと凄いわよ。さあ、入って入って!」
元気よく招き込む先生に従って教室の中へ入っていく。
「春日ちゃん!見学の二人、連れてきたよ!」
先生が声をかけると、彼女は踊りを止めてこちらに駆け寄ってきた。
「あなた達が見学に来てくれた新入生……」
「ほら、春日ちゃん!黙ってないで自己紹介しないと!」
「あっ、そうだ!」
まじまじと俺たちを見つめていた彼女は先生の言葉で我に返る。
「私は春日霞です。今日は見学に来てくれて本当にありがとう!部長として二人によさこいの魅力を伝えていきたいと思います!」
勢いよく自己紹介をする彼女の瞳は宝石のように輝いていた。
最初のコメントを投稿しよう!