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第4話 心を動かす音
彼女の名前は、春日霞。俺は忘れないように頭の中で何度も何度も反復する。でも彼女のことはなんと呼べばいいんだろうか?これまでの人生で年上の女性としっかり交流しなかったことが悔やまれる。でも今はさすがに初対面だから苗字にさん付けで……
「イイっ‼」
突然の轟音にびっくりする。
「いつまでボーっとしてるの?次はイイが自己紹介する番だよ!」
朝丘は毎回こんなに大声で疲れないのだろうか?せめて呼びかける時くらいはもう少し声量を下げてほしい。そんなことを考えつつ、俺は自己紹介を始める。
「1年C組の飯島蓮です。今日はよろしくお願いします。えっと……」
「先輩でいいよ。よろしくね、飯島君。」
俺が悩む原因を察したのか彼女は優しく呼びかける。
「よろしくお願いします!先輩。」
先輩か。俺にとってその呼び方は新鮮だった。自分は部活動に来たんだと改めて実感する。
「自己紹介も済んだことだし二人もよさこいを体験しましょう。春日ちゃん、二人に分かりやすく教えてあげて!」
先生が目配せすると、先輩は慌てて準備を始める。木箱から真っ赤な鳴子を取り出して、俺達に手渡した。
「たぶん知ってると思うけどまずは鳴子について説明するね。よさこいでは鳴子をもって踊るのが決まりで、手に持って鳴らして使うの。どうやって鳴らすかというと……」
先輩は両手で鳴子を掲げ、俺達の前で鳴らして見せた。澄んだ音ともに先輩の手首がしなやかに伸びる。
「鳴子を上手く鳴らすには、手首を上手く使うことが重要なの。説明ばっかりだと飽きちゃうだろうしとりあえずやってみようか。」
俺と朝丘は先輩の見様見真似で鳴子を鳴らそうとする。しかし何度やっても先輩のように綺麗な音でなく、低く汚い音しかでない。どうすれば綺麗な音が出るんだ?訳も分からず力を入れて何度も振っていると、先輩が近づいてきた。
「鳴子はね、とても単純で繊細な道具なの。ただ振るだけで音は出るけど、乱暴に扱うといい音は出ない。だから手首の力を抜いて、鳴子を優しく使ってあげて。」
先輩は説明しながら鳴子を抱きしめ、優しくなでる。先輩は愛する人に向けるように優しく微笑んだ。
俺は深呼吸をして、鳴子を胸の前に挙げる。力を抜いて、優しく。直前に見た先輩の姿を思い返しながら強く意識する。先輩の愛にあふれた表情が頭に浮かんだとき、不思議と緊張が解けて温かい気持ちがこみ上げた。
俺が手首を振ると、鳴子は目の前で大きく鳴り響いた。これがよさこいか。俺は少しだけだがよさこいの感覚をつかんだような気がした。
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