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第5話 決意表明
「イイ君、すごーい!初心者でこんなに上手く鳴子を使うなんて先生見たこと無いわ!ね、そうでしょ?春日ちゃん!」
「はい……、とても初心者だとは思えません。」
先生と先輩は感嘆の声を上げる。そして朝丘は、
「イイ!今のどうやってやったの?なんかコツがあるの?ねえ、教えてよ!」
鳴子の鳴らし方について矢継ぎ早に質問する。
「さっき先輩が言ったとおりにしただけだよ。力を抜いて、優しく……」
「嘘!私も霞先輩の言う通りにやってるのにそんなに上手く鳴らないもん!別のコツがあるんでしょ?」
「コツって言われても、俺もたまたま上手くできただけだし。先輩以上にアドバイスなんて……」
「嘘だあああ!」
朝丘は納得いかない様子で、俺を揺さぶり続ける。
「まあまあ朝丘さん。飯島君を離してあげて?朝丘さんももうちょっと練習すればできるから。ね?」
先輩は朝丘を丁寧になだめて、俺から引き離す。朝丘はまだ不満げな表情をしていたが突然口を緩める。先生は俺たちを見つめて静かに笑う。俺はなぜかこの教室の雰囲気を懐かしいと思っていた。
それからしばらく鳴子の練習を続けると、安定して高い音を出し続けることができるようになってきた。朝丘も徐々にコツをつかんだらしく、嬉しそうに鳴子を振り続けている。
「じゃあ、私は用事があるから職員室に戻るわ。二人共、よかったらまた見学に来てちょうだいね。春日ちゃん、あとはよろしくね!」
そう言うと先生は颯爽と廊下を走り去っていった。窓の外を見ると、辺りはすっかり暗くなっている。練習している間にだいぶ時間が経ったようだ。
「今日は解散にしましょう。飯島君、朝丘さん。本当に来てくれてありがとう。一緒によさこいができてすごく楽しかった。」
「いえいえ!こちらこそ楽しかったです。霞先輩、今日は丁寧に教えてくれてありがとうございました!」
先輩と朝丘はお互いに深々と頭を下げ合う。それにつられて俺も軽く会釈した。鳴子を片付けて部室の戸締りをする。終わると決まってからの単純な流れ。それはこの場にいる全員の関係が仮のものであることを強調しているように感じた。直前までの心から通じ合うような感覚はそこにはなかった。
「あとは部室の鍵を返すだけだから二人は先に帰っていいよ。もし、良かったらまた来てくれるかな?」
「はい。絶対行きます!」
「良かった。じゃあまた今度ね。」
さっきと同じ社交辞令、普通の挨拶、通常通りの生活。俺は本当にこのままでいいのか。先輩を見送りながらも俺は考え続けていた。この瞬間を逃したら俺は何かを手に入れることができないような気がした。これだけは手に入れたい。これだけは離したくない。同じような言葉が脳内を巡り巡って、頭がおかしくなりそうだ。言わなければ。今、俺の口から。
「先輩!」
俺は大きく声を出す。先輩は俺の方向を振り向く。驚きと好奇の中間のような何とも言えない表情で彼女は俺を見つめる。
「先輩。俺は、決めました。俺は今からよさこい部に入部します!だから、先輩と一緒に踊らせて下さい。お願いします!」
退屈な日々が続くくらいなら今ここで決める。過ぎ去るはずの瞬間は俺の宣誓で呼び戻された。
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