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「いいから来て」
「え、待っ……」
強引に手を引かれ、その強さに驚いた。振りほどけないほどの力ではないけれど、振りほどこうとは思えないほどの意志を感じさせる。引かれるがままに歩き、エレベーターに乗り、そのまま部屋まで連れて行かれた。
「靴脱いで待ってて。タオル持ってくる」
玄関に上がり、そう言うや否や廊下を忙しなく歩いて行ってしまう。濡れた足跡を見つめていると、すぐに洗面所から戻って来た。バスタオルを広げ、渡してくれるのかと思いきやそのまま顔面に被せられる。
「ちゃんと拭いてね」
まるで濡れた犬を相手にしているかのようにタオルで擦られるので、それを奪い取って頭から離した。遮られていた視界が露わになり、目の前で手を伸ばしている花さんと目が合う。
その顔がほんの僅かに朱色を帯び、視線を逸らされた。
「あ、あと今お湯溜めてるから、ちゃんと温まって」
「俺はいい」
「またそれ言う」
「花さんだって濡れたままだよ」
自分のことを後回しにしているせいで、未だ滴ったままの水滴が廊下に広がっている。渡されたタオルを今度はその首にかけ、長い髪を拭いた。再び目が合い、逸らされる。
「じゃ、じゃあ、すぐにシャワーだけ浴びちゃうから、中で待ってて」
「湯舟浸かりなよ」
「いいから、ちゃんと待っててね」
目を離した隙に帰られるとでも思っているのか、「絶対だよ」と念押しするとタオルを押し付けられ、足早に脱衣所へと向かっていった。
ドアが閉まる音を聞き、玄関で立ち尽くす。このまま帰ったら怒るかな、怒るだろうな。それと、確実に風邪は引く気がする。
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