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◇◇◇
「あれ、お前帰んないのか?」
兄の住む家は無駄に広く、一人暮らしだというのに部屋がいくつもある。その真意は未来に小さな希望を抱いているからだと分かっているから、敢えて突っ込むようなことはしていない。
その質素な空き部屋でしゃがみ込んでいると、兄が能天気な顔を覗かせた。帰らないのかって、せっかくの花さんとの時間を潰してわざわざここまで来たというのに、酷い言い方だ。いや、もとから約束があったのだから、この憤りは見当違いなのだけれど。
「なに睨んでんだよ……」
「べつに」
「泊ってくなら父さんに連絡しろよ」
どうせ外泊になるのなら、ここではなくて花さんの家がよかった。そう思うも、いや、と思い直す。あの状況では、泊まるなんてことはできなかった。
自分の軽率な行動に、じわじわと後悔が押し寄せてくる。あんな前触れもなく、突然手を出すつもりなんてなかった。ずっと我慢してきたし、これからも時期がくるまではそうしていくつもりだった。
だけど、最近は会う時間すらなかなかとれない毎日だったから、常に心が焦っているような状態だった。会いたい、声が聞きたい、でも、連絡をするのはいつも俺からだ。
そういう煮え切らない思いがある中で急に夕飯に誘われ、彼女も同じ思いだったのだと分かった瞬間、自分の中に掛かっていたストッパーが外れた。
「あのさ、未成年って……」
聞きながら顔を上げれば、いつの間にか兄の姿が無くなっていた。声は届いていたようで、「え、何?」と再び顔だけを覗かせる。
「……なんでもない」
俺は実の兄に一体何を聞こうとしているんだ。
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