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あまり疲れているつもりはなかったが、最近睡眠不足だったせいか、思い切り寝てしまった。気づけば映画の内容は佳境に入っていて、訳が分からないままエンドロールを迎えている。
「葵くん、寝てたね」
そう言って花さんが、悪戯っぽく笑った。館内を出て、まだぼんやりとしている頭を掻く。
「疲れてるんじゃない? もしかして、今日無理させちゃったかな」
「そんなことない」
「そう?」
「最近ちょっと、寝付けなくて」
花さんの事を考えているせいで、とは言えず、注がれる視線から顔をそむけた。
時刻は既に十一時を過ぎていた。空は深い黒色に染まっていて、映画館の明かりから離れるにつれ、周囲が暗くなっていく。梅雨の時期特有の、湿った空気が全身をゆるやかに撫でた。
「やっぱり、このまま帰りなよ。ちゃんと寝たほうがいいよ」
ほとんど乗客のいない電車の中、隣に座る花さんが言った。普段だって家まで送っているのに、こんな深夜にあの暗い住宅地を一人で歩かせるわけにはいかない。このまま帰った方が、気が気じゃなくて余計に寝付けなくなってしまう。
「心配だから玄関まで行く」
「ほんのちょっと歩くだけだよ」
「ほんのちょっとなら、俺も行ったっていいだろ」
そう言うと、う、と言葉に詰まって黙ってしまった。
最寄りの駅に着き、改札を抜けると案の定、暗い道が続いていた。こんな深夜に来ることもあまり無いので、いつも以上に静かな景色に思わず不安が募る。
「いつも、こんな時間に外歩いたりしてないよね」
「え? うん、あんまり……。たまに飲みに行った帰りはこれくらいになるけど」
「危ないじゃん」
「えぇ、平気だよ」
心配しすぎ、と困ったように笑う顔を見て、余計に心配になる。例の男のこともあるが、それでなくても女の人が夜道を一人で歩く危険性を分かっていない。もしなにかあったら、そう思うだけで不安でたまらなくなり、握る手に力が入る。
「葵くんは、意外と心配性だよね」
そっと握り返す手に力が込められる。
「……心配だよ、当たり前だろ。俺、花さんのこと本当に大切だから……」
「うん?」
「だから……」
あれ、何言ってんだ俺。口から勝手に言葉が出て、頭で理解しないまま話している。
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