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でも、だからなんだというのか。
弱肉強食は確かに自然の摂理だが、それが果たして人間にとって重要な摂理と言えるのか。
今は負けていても、次は勝てるかもしれない。擦りつけられた黒星を、裏鏡に擦りつけ返すことだって不可能ではないはずだ。それを「お前は俺より弱く、俺はお前より強い」などという空虚な論理で、可能性を零だと勝手に見込むのは早計ではないか。
生殺与奪が跋扈する魑魅魍魎なら、弱い種は強い種に食われて淘汰されてもおかしくはない。しかし人間はどうなのか。今が弱いなら、もうそれで可能性は皆無なのか。
そんなことはない。今は負けても、次は勝てる可能性は零ではない。限りなく低くても、決して零ではないのだ。
気がつけば右半身が凍っていた。同時に、裏鏡の身体も半分程度が凍結していたが当然というべきか、まったく意に介していない。むしろ半身が凍っているにもかかわらず、無表情で歩み寄ってくる。
思ったことを言ったら、胸中に渦巻く言いようのない怒りの正体が、ようやくハッキリした。
流川澄男の可能性、ひいては澄男を取り巻く人々の可能性。それを勝手に決めつけられたことが、なによりも納得いかなかったのだ。
確かに裏鏡は強い。果てしなく、その強さの底を見通すことができないほどに。でもだからといって、神のように全てを決める権利は絶対ない。
いや仮に神であったとしても、そんな勝手極まりない決めつけには全力で抗いたい。決めるのは強大な一個人ではなく、各々本人たちの意志であるべきだろうから。
辺りを支配する不気味な静寂。裏鏡との距離は目と鼻の先に迫った。ブラックホールのような瞳の中に今にも吸い込まれてしまいそうな不快感が、全身を舐め回す。
足から頭にかけて肌がぞわぞわと泡立ち、心拍数が跳ね上がる。まるでさっき自分の心の中で吐露したありとあらゆる言葉を的確に読み取るような、心臓を撫でられるような感覚が走り、胸の中心にかけて血の気が引いていく冷たさが、寒気となってのしかかる。
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