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「約束……破る気?」
言い知れない不快感に晒され、今にも凝縮し、反動で一気に爆発しそうな心臓。
左胸が気持ち悪くて、思わず手で押さえる。そんなことをしても意味がないのは理屈では分かっているが、彼が距離を詰める度、彼の瞳が映す度、脈拍は上がり、鼓動は大きくなり、心臓が痛くなる。
彼から距離を取ろうとするが身体が何故か完全に麻痺し、全く動く気配がない。まるで何かに縛り上げられているように、ただ小刻みに震わせることしかできない。
何かの魔法か、それとも超能力か。いずれにしろ、裏鏡は澄男との約束で澄男以外の皆には手が出せないはず。それを反故にしたとなれば、本当の反則だ。
約束を守る保証などありはしなかったが、もしそうなら最悪の状況と言える。戦って勝てる相手ではない、どうする―――。
「見くびられたものだ」
銀髪の隙間から覗く暗黒の瞳が射抜いてくる。一瞬、呼吸ができなくなった。
「あのときは家格でしか己を誇示できぬ無能と評したが……あの方の言うとおり、全ての可能性に目を向けておくべきだったな」
「あの方……?」
「その屈託のない、気高くも青き瞳に免じ、今までの評価を訂正してやろう。お前が、俺が観測した先にあるお前の沿線上に在る限り、お前は決して無能ではない」
当然というべきか、問いかけには答えてはくれない。ブラックホールのような暗黒の瞳が、冷酷にも睥睨しながら上位者の如き言葉を羅列するのみ。
剣呑とした雰囲気は薄くなったものの、その瞳から発せられる威圧感はいまだ全身を震わせる。
「ではさらばだ、今後のお前たちに期待する」
裏鏡の全身が銀色一色に染まった。
液状化した鏡のようになったその物体は、形を保ちながら断片と化してその姿を変えていく。陽の光を乱反射させながら鏡の断片に形態変化する様は、敵ながら思わず見惚れてしまうほどだ。
そのままずっと目が離せなかったが、身体を構築していた鏡の断片は、ついに散り散りとなって四方八方へ散らばる。
全身を押さえつけていた威圧感、拘束感は消え失せた瞬間、辺りから白銀の暴威が去ったことに、ようやく胸を撫で下ろしたのだった。
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