プロローグ:復讐の後

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 現に裏鏡(りきょう)の素性は割れている。彼は大陸八暴閥(ぼうばつ)裏鏡(りきょう)家の当主。``皙仙(せきせん)``の名を持つ四強の一人。周囲からもそれで認識されているし、その素性を疑う者はいない。  でも、本当は違うというのだろうか。  本当は得体の知れない何かで、大陸八暴閥(ぼうばつ)の当主を装っているだけなんだろうか。弥平(みつひら)率いる流川(るせん)分家派や、世界情勢の全ての情報を有する久三男(くみお)をさしおいて、そんな現実離れした偽装ができるとは思えないが―――。 「まさか……ね」  脳裏に浮かんだ推測を吐き捨てるように深く、息を吐く。  我ながらくだらない妄想をしてしまった。弥平(みつひら)久三男(くみお)も疑問に思っていない以上、そんな現実離れが起こっているとは思えない。  最近は色々あって、その末に佳霖(かりん)らの討伐も重なり、精神的に疲れているのもあるだろう。これからのことも考えなくてはならないし、現実味の薄い推測に頭を練り回すのは、気力の無駄遣いというものだ。 「そろそろ始まるようですよ」  あくのだいまおうの声で、思考の渦から引きずり出される。  肌から如実に感じる、霊力の波(霊圧)。それは鳥肌が立つほど強く、迸る熱さと激流、そして静寂に似た冷たさと清流が、同時に覆いかぶさってくる感覚に近い。  感覚を研ぎ澄ましてみる。澄男(すみお)から放たれるは真っ赤な炎に似た、(すこぶ)る熱い波。  霊圧であるにもかかわらず、もはやそれは熱風に等しい。あまりの霊力の濃さに、身体があたかも熱風に当てられていると錯覚を起こしてしまっている。  澄男(すみお)を中心に発する膨大な霊力の渦は、さながら恒星から噴き出る紅炎。ただ霊力を垂れ流すだけで大地を焼き、空気を薄くしていく。  だが驚くべきはそれだけではない。その澄男(すみお)と同じくらいの強さ、密度で相反する霊圧を平然と発することができている裏鏡(りきょう)だ。  静謐(せいひつ)にして精緻(せいち)。どこまでも冷たく、どこまでも整えられた流れで周囲を包み込むように広がる霊圧は、全てを焼き尽くし破壊し尽くさんとする澄男(すみお)の霊圧とは、まさに表裏一体ともいうほどに対極の流動を示している。  もはやこの時点でついていけない。霊力でお互いを牽制し合っているだけなのだが、人間からすれば、相反する特性を持つ二つの災害が、今まさにぶつかり合おうとしている瞬間に他ならない。  お互いの霊圧が完全に干渉し合ったとき、一体何が起こるのか。想像したくなかった。  あまりの霊圧に、思わず固唾を呑む。かつて武市(もののふし)の大都市圏を更地に変えたことのある二人。世界を滅ぼしうる存在同士が今―――ぶつかり合おうとしていた。
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