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序章
二〇三三 新型向精神薬「ハーピー」が開発される。同年、臨床実験により心疾患や脳損傷、幻覚などの有害作用がないことが確認される。
二〇三四 「ハーピー」が米国で発売される。
二〇三五 日本で「ハーピー」規制法が施行されるも禁止することはできず、価格の引き上げと輸入量の制限に留まる。
二〇四八 精神幸福度診断システム「ミネルシステム」が開発される。「ハーピー」による精神的幸福度の上昇が確認される。
二〇五三 サミュエルによる「環境が及ぼす幼児への影響」が発表さる。
その日はいつになく重苦しい曇り空だった。
「次に、級長の選出を行います。えー、誰もいないようならくじ引きで……「はい」」
天候に似た教室の空気に澄んだ声が響く。
教師の声を遮ったのは、鷹のように鋭い目をした女子生徒。艶やかな長い黒髪に凛とした表情、他を寄せ付けない気高さのある彼女は初瀬という名らしい。
「級長に立候補します」
教室の皆を見渡すその目線と会った時、俺の運命は決まってしまったのかもしれない。
二〇五三年四月、俺は高校生となった。
だが俺がいるのは北海道の片田舎。高校生になっても同級生は変わらない。都会の高校なら設備がグレードアップするとも聞くがこんな田舎に回すような予算などない。
環境が変わるのは少なくとも三年後、大学までお預けだ。とはいえ俺はそこまで都会に出ていく気はない。近くのそこそこの大学に家から通い、家業でも継いでこの村で一生を終えるのだろう。
つまらなく見えるかもしれないが変に調子に乗って道を踏み外すよりはるかにマシだ。
そもそも上京して何かを成し遂げようというような人間など見たことないしそんな「意識高い系」になろうとは思わない。
昔は多くの人がそんなチャレンジ精神を持ち合わせていたそうだ。その多くの先人たちのおかげで今のこの便利な生活は成り立っているらしい。
だがそんな人間はもう絶滅危惧種。話の中で聞いた程度しかない。
そう思っていたし、それが常識だった。
だから級長に大真面目に立候補する人間などいると思わなかった。
「こんにちは」
「あぁ、こんにちは」
まったくついてない。級長は男女一人ずつ選ばれ、女子側は件の初瀬さん。
この田舎には珍しい、高校から入学してきた女子。どんな奴かと皆警戒していたところにあの立候補。間違いなく「おかしなやつ」だ。全力で関わりたくない。にもかかわらず男子級長のくじに当たってしまった。
「私は初瀬季空。今年の春に東京からこっちに来たばかりなの。まだわからないことも多いから迷惑かけるかもしれないけどよろしく」
「俺は敷島大雅。まぁ、よろしく」
何か言おうかと思ったが気を利かせた言葉も言えず言いよどんだ。
「うん、さっそくだけど級長の具体的な仕事教えてくれる? クラスに馴染むためにも仕事頑張らなきゃね」
頑張らなきゃ、か。気合が入ってよろしいことで。
「そんなに仕事はないよ。たまに教師の手伝いをするくらい」
「でも級長でしょ? クラスのリーダーなんだからもっとやることないの?」
「ないよ。東京ではどうか知らないけどここじゃ級長なんて名ばかりだし君みたいにやる気がある人のほうが珍しいんだよ」
そう言うと彼女は期待が外れた顔をした。
「やっぱりここでもそうなんだね。東京もこんな感じ、いやもっとずっと酷いよ。ここがまだ曲がりなりにも人間の手による教育が行われているのは予算の問題と知事のおかげだね。こんな、小説みたいな前時代の学校が残っているだけマシなのかな」
予算? 知事? 突然何を言い出すんだこいつは。
「よろしく敷島君。私は季空。この日本を、世界を変えて見せるわ」
転校生はそんなもの好きの、意識高い系人間だった。
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