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薄明の光
「ねぇ、敷島君。クラスの親睦を深めるためにクラス会とかやらない?」
「今週末せっかく天気がいいからみんなでピクニック行きましょうよ」
「体育祭とか文化祭をやるように校長先生に頼んでみない? え、えっと体育祭っていうのはみんなで運動競技をやってクラス別で競い合うイベントで、文化祭は……って聞いてよ、敷島君」
「普段の授業にディベートとか、みんなで考える要素を取り入れたらどうかしら。授業があまりにも単調だと思うの」
「学校の庭にハーピーのパッケージが落ちてたわ。いくら副作用がないといってもハーピーは思春期の私たちには早すぎると思うの。なにか注意喚起とかしましょうよ」
「うん、いままでの級長の仕事じゃないかもしれない。でもそれならこれから級長の仕事にすればいい。何事も長が始めないと始まらないわ」
最低でも一週間に一度は嬉しそうに提案してきては俺が却下する、そんな漫才じみたやり取りが続きいつの間にか変人キソラは俺の担当ということになったらしい。本当に迷惑なものだ。はじめこそ却下するたび悲しそうにする彼女に罪悪感じみたものを抱いていたがいい加減慣れた。慣れていいものではないと思うが。
そんなある日。皆が早々に帰った放課後の教室で。
「今度、近くの公民館で講演会やるのよ。学生無料。せっかくの機会だしクラスのみんなで行く計画たてない?」
キソラは名案を思い付いたように顔を輝かせている。
「なぁ」
思わず声が出た。三日連続の提案だ。さすがにストレスが貯まっていた。
「なんでそんなにやる気なんだよ」
どうせ意味ないのに。
どうせ変わらないのに。
なんでそうかき混ぜようとするんだよ。
慎ましくしてりゃ幸せに生きていける社会なのに。
「所詮俺たちはお飾りの級長なんだぜ? くじ引きで決めてるんだからそれくらい分かるだろ。
行事の計画だとか校則だとかそんなもの教師から言われるものであって俺達がどうこうするものじゃないだろうが」
「敷島君」
そんな俺の苛立ちの言葉にキソラは顔をあげた。
嘲るわけでもなく蔑むわけでもない、純粋な訴える視線が俺を貫く。
「私は、日本を、世界を、人間を変えたいの。
テクノロジーの発展で私達の生活は格段に快適になった。
安全な住居で便利な道具で不自由なく暮らせて、仕事の大半はロボットが代替してくれて。
私達人間は点検や開発や、そんな一部のことくらいしか仕事がなくなって。
副作用もなく幸せになれるクスリで何時だって幸福を感じられて。
私達はやるべきことばかり与えられて、それしかやることがなくて。
自由時間もいつも何かに追われていて。
幸福が燃料みたいに扱われて。
機械は私達の文明を担って、そのかわり人がどんどん機械みたいになってゆく。
その方が効率はいいかも知れない。
社会学的にも、経済学的にも。
でも、私達の幸せはそんなクスリ漬けのものなの?
私達はそんな機械みたいな存在なの?」
私達は機械なのか。
与えられる幸せと定められた仕事。
言われてみればそうかもしれない。
考えてもいなかった。
そんな面倒で生産性のないこと、考えるという考えすら避けていた。
「仕方ないところもあるだろうけど、今の社会は人を見ていない。
人のせいで。
だから私は変えたい。人と社会、そして世界を」
「そんなの無理じゃ……」
想像以上に壮大で真剣な意見に俺は怖じ気づいてしまう。キソラのことを何も考えていない目立ちたがりの一種だと思っていたから。
「難しいよ、でもやるんだよ。間違っている限り。
新しい世界を作り続ければその先に、きっと理想の世界ができるはずだから」
その言葉は俺のどこかを動かした。
心のずっと奥の、どこかを。
もう現代には絶滅したと思っていた人。
本気で世界を変えたいと思っている人。
その思いのままに行動できる人。
その姿がまぶしい。
いままで気取っていて意識が高いと嘲り軽蔑していたはずのそんな存在は、俺なんかよりもずっと気高く美しかった。
「なぁ、それ。俺も手伝っていいか?」
無意識に、そんな言葉が出ていた。自分でも驚いた。
だがこの少女の夢を見てみたい、そんな思いは生まれて初めて誰に言われるまでもなく自分の心から湧いた意志だ。
突然のその言葉に彼女は驚いたようだがどう受け取ったのか、うなずくだけだった。
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