薄明の光

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彼女は東京について語ってくれた。 東京では社会の効率化が猛烈なスピードで進んでいるという。効率化とはすなわち不確定要素たる人間による仕事を排除し、人は人にしかできない仕事をする。そう社会的役割を分担することによって社会の発展をより早く、効率的に進めようとするものだ。 その一例が携帯型ミネルシステム、通称オウルフェザー。腕時計型の機械で付けている人物の幸福度を常に計ることができる。ちなみに幸福度というのは五年ほど前にミネルシステム確立とともに登場した概念で人間の精神状態を脳信号から読み取り数値化したものである。 これによって幸福という概念を客観的に判断することが可能になった。幸福度があまりにも低い人は精神衛生上悪いのはもちろん社会的にも悪影響を及ぼすので医師の治療を受けることとなる。またできる限り精神状態を把握するために国民には一年に一度はミネルシステムの診断を義務付けられている。 その診断を東京都は携帯型端末を使うとこによっていつでもどこでも診断できるようにするらしい。皆の精神状態が常に監視され、幸福でない人間が排除され る、そんな世界になる。 正直、俺はその言葉を聞いてもあまり危機感を覚えなかった。 むしろ皆が幸福になっていいのではないかとすら思えた。 キソラ曰く全くそんなことないらしいが。 その日から俺はキソラの言葉に耳を傾け始めた。 聞く前から聞くに値しないと無視していた話を聞き、即座に却下していた無茶な提案も、真剣に話し合った末に却下した。 却下自体は仕方がない。やろうとしても誰も乗ってこようとしないのは明白だからだ。 俺たちは子供のころから良くも悪くも楽に生きてきた。親や教師の言うことを聞いて守って、言われたことだけをやり続けてきた。 これは単純に効率がいいからだ。 人は個人差がある。その個人差で社会が発展することがあれば逆に個人差によって妨げられることもある。 ならば有用な個人差を残し、その他はつぶしてしまえばいい。 社会にとって価値のない個人差などいらない。そもそも社会の発展は1%の新しいことを生み出す天才と99%の言われたことを正確にやれる凡人によって支えられる。 個人差のない歯車な人間が多いほうが圧倒的に社会としては有益なのだ。 だからこそ政府は俺たちに考えることを推奨しない。しかも考えるという行為は面倒であり誰であろうと基本嫌う行為だ。そもそも技術による生活の利便化というのはそうした面倒な思考を減らす行為に他ならない。そうした要因もあって俺たちは考えなくなってきている。それも無意識に。悪いとも思わずに。 キソラ曰くそれが問題なのだ、とのこと。 「言われた通りにやれば間違いも無い。わざわざ違ったことをやって自分を出すなんて目立ちたがりのすることだ」 「目立ちたがりは否定出来ないよ。でも子供の頃から何も考えず育ってしまえば大人になってからも考えなくなるわ」 「考えることは面倒だからな。面倒なことなんてやりたくない」 「でも重要なこと」 「俺一人の考えなんてどうせ意味ないものさ」 「それは本当に考えた人間だけが言えることだわ」 キソラの言う世界に興味を持った俺は彼女に連れられてその手の講演会などのイベントに参加するようになった。  特に気になったのはハーピーだ。二十年前に開発された「健康な麻薬」ハーピー。様々な理由から二十歳未満の使用禁止、週30㎎以上の服用の禁止などの規制がかけられているが近年海外では徐々に規制緩和の動きが出始めており日本も時間の問題だという。 ハーピーの最大の問題点はあまりにも安易な幸福の授受にある。 キソラは俺たちが考えなく、努力をしなくなったと言っていたが当然何もしない人生などつまらない。面白いことを探す、という点のみにおいては俺たちでさえ多少の努力はするし面倒も受け入れる。しかも面白いことはたいてい飽きが来るため俺たちは常に面白いことを探して少ない努力をする。  だがハーピーはそれさえも取り除くものだ。  演説者曰く、この先ハーピーが普及すればすべての娯楽がハーピーにとって代わるという。そうすれば我々は生きる意味をハーピーに依存することになりかねない。我々は個人の幸せのために生きているはずがハーピーによって安易に達成されてしまい生きる意味が損失する。それは人間としての尊厳の崩壊を招く云々。 ともかく人間がハーピーの奴隷となることに対する警鐘を鳴らすものだった。 言っていることが難しすぎて半分もわからなかったが、そんなことだと思う。 「一度だけハーピーを吸ったことあるけど確かに丸一日はやる気が出なかったな」 「敷島君、一応法律違反よ。守ってる人間の方が珍しいでしょうけど。あれの魔力は本当に恐ろしいわ。この「やる気の無い」社会の根源はあの薬物よ」 「そういうキソラは吸ったことないのか? 一度も?」 「ない、と言いたいところだけど諸事情である。小さい頃、家庭の事情でね。気が向いたらいつか話すわ」
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